私は関西在住のアラサーシングルマザーです。今現在は1歳半の愛娘と幸せな生活を送っていますが、離婚が成立するまでは言葉にできないほど本当に過酷な道のりでした。

これから週1回、モラハラ元夫(以下モラ夫)との出会いから、離婚調停成立に至るまでの私の体験をシリーズ化してお届けいたします。(どこに需要あんねん、ですが。笑)

第一回目の今回は前置きから出会い編。

モラ夫と出会うまで

元々関西出身の私ですが、20代前半から数年間東京で生活をしていました。

そこで人生最大の大失恋を経験し、身も心もズタボロに。そんな時に学生時代の彼が東京まで迎えに来てくれたので、銀座のルカフェドトールでお茶しながら関西に戻ることを決心。

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そのまま東急ハンズで段ボールを大量購入し、タクシーで銀座から帰宅。当時の彼が留守中に急いで荷物をまとめ、その日のうちに一緒に住んでいたマンションを出て関西に戻ってきました。東京駅に向かうタクシーから、新神戸駅に着くまでの新幹線の中でも、ひたすら大号泣しながら。笑

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学生時代の彼は、山陰地方の出身で、実家は由緒正しきお寺の御子息。年齢は一つ上でしたが、彼は中学から6年間アメリカに留学していたため同じ学年でした。そんな彼とは関西の学校で研修プログラムの際に出会い、お互いに一目惚れしたことがきっかけで交際することに。

彼は私の初めての恋人でもあるのですが、交際期間のほとんどを神戸エリアで同棲し、2年半で私の方からお別れしました。

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それからの私は自他ともに認める恋多き女だったので(笑)、その後も色々な方とお付き合いをしましたが、彼もその後何度か新たな恋愛を経験しつつ、ずっと私に戻ってほしいと伝えてくれていました。

私は基本的に友達から恋愛に発展することはなく、男友達は男友達、恋愛対象は恋愛対象、と最初からはっきり区別をつけているタイプ。

更に、別れた恋人とは絶対に戻らないという考えの人間なので、友達としても恋人としても無理!と何年もずっと断り続けていました。

そんな彼が私を東京に迎えに来てくれた時に“これで気持ちを伝えるのは本当に最後。復縁が無理なら俺は家を継ぐために関西を離れる。”と改めて告白をしてくれました。

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しかし、もう何年も前に完全に気持ちに整理をつけてお別れしている上、その後の恋愛経歴で、彼と交際していた当初の純粋な自分ではなくなっていた私。

年上がいい!ハイスペックな人がいい!経験豊富な人がいい!と、完全に直近の恋愛が理想像だと思い込んでおり、その理想像に全く該当しない彼に対して気持ちが再燃することはありませんでした。

むしろ、純粋すぎてつまらない、何故ずっと私に固執するのか、と気持ち悪いとさえ感じていたのです。どんなに冷たくあしらっても10年以上もの間私を想い続けてくれた人はその時も今後もこの人しかいないのに。本当に愚かだったと思います。その報いで結婚に大失敗するわけですが。笑

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“私達の関係は10年以上前に終わってる。いつまでも交際当時のまま時間が止まっているあなたと戻ることは絶対にない”

とキッパリと断り、その後最近に至るまで一切連絡を取らないようになっていました。(この辺の話は機会があればまた後ほど)

今思えば、ここで彼と戻っていればまた違った人生になっていたと思います。例えば、寺嫁とか。笑

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※最近の住職は髪を生やしていてもいいのだそうで、彼は住職となった今も昔と変わらずしっかり髪があり、あまり住職らしくない風貌です。笑