しかし、この裁判は警察側の自白の強要や証拠の捏造が強く疑われるものだった。袴田氏の弁護団は翌81年に再審請求を申し立てたが、実際に再審公判が行われたのは逮捕から57年後の2023年、再審無罪を勝ち取ったのは昨年の9月のことだった。
こたけはこの再審公判に、弁護団側の広報として関わっていた。世紀の冤罪事件に無罪判決が出る、その一部始終を“弁護士芸人”として世の中に伝えること。それがこたけの役割だった。
単独ライブ『弁論』では、この袴田事件についての情報が手際よく解説された。その取り調べがいかに過酷で暴力的なものであったか、状況証拠とされる数々の物品にどれだけの矛盾があったか、こたけは具体的にスライドで例示しながら、そのひとつひとつにツッコミを入れていく。
「何言うてんの!」「どういう意味?」
誰が見ても、どう考えてもおかしい。そんな不条理な状況が提示され、芸人がそれにツッコミを入れている。こたけのよく通る声に反応して、客席からも笑いが起こる。お笑いファンにとっては、見慣れた光景である。
だがこの不条理は、芸人が自宅や喫茶店で頭をひねって考えてきたフリップボケではない。すべて現実に起こったことなのである。袴田氏の58年、その虚しさ、怒り、絶望が「お笑い」の中で確かに浮かび上がってくるのが見える。「お笑い」が、それを伝えている。
不思議な感覚だった。60年近くも無実の死刑囚だったという、とびきりの「他人の不幸話」を聞いて笑っているのに、まるで罪悪感がない。その罪悪感のなさこそが、私たちがこの問題について理解を深めている何よりの証拠であるはずだ。
「グッズを買ってください」
単独ライブを無料公開したこたけは、ライブ後に収録した事後コメントで「グッズを買ってください」と何度も頭を下げた。「無料で見せてあげたんだから」と、600円のステッカーと3,000円のTシャツを押し売りしてくるそのしつこさは、大きな仕事をしたという自負と、それに対する照れもあったに違いない。