【香川県丸亀市】若い画家の軌跡を辿る「猪熊弦一郎展 画業の礎-美校入学から渡仏まで」開催!
東京美術学校で、猪熊は藤島武二(1867~1943年)のクラスを選択した。藤島は週に2度教室にあらわれ、どの学生にも「デッサンが悪い」とだけ言って立ち去ったそうだ。
その言葉を猪熊は自分なりに解釈し、絵画とは、ものの形をただ写すのではなく、その本質や事象を描くことだと考えるようになった。当時、日記のように描いていた自画像には、感情を絵にあらわそうとする試みがうかがえる。
1930年代、日本の軍国主義化が進むにつれ、美術にもその影響が及ぶ。1935年、政府は美術界における挙国一致をめざし、突然、帝展(帝国美術院展覧会)の制度改革を敢行した。
これを機に猪熊は官展と決別。そして、より純粋に芸術を追究したいと、1936年、小磯良平(1903~1988年)ら同世代の仲間とともに新制作派協会を立ち上げ、以後、同会を発表の舞台とした。
そして1938年、猪熊は35歳でフランスに渡り、2年間パリで活動した。滞仏中、巨匠アンリ・マティス(1869~1954年)に自作を見てもらう機会を得る。
そのときマティスから言われた「お前の絵はうますぎる」という言葉は、「自分の絵になっていない」という戒めとして猪熊に突き刺さった。この経験を起点に、猪熊は生涯を通じて、画家として「本来の自分を描き切ること」に邁進するのだ。
企画展をより楽しむためのプログラムも開催
「猪熊弦一郎展 画業の礎-美校入学から渡仏まで」会期中は、企画展を楽しむためのプログラムも用意。2025年2月9日(日)、3月9日(日)各日14:00からの「キュレーター・トーク」では、同展担当キュレーターの古野華奈子氏が展示室で来館者に見どころを話す。参加料は無料(別途、同展観覧券が必要)、申込不要。
2025年2月1日(土)・2日(日)10:00~18:00(入館は17:30まで)の「親子でMIMOCAの日」は、高校生以下または18歳未満の観覧者1名につき、同伴者2名まで観覧無料となる。