◆40代で乳がんに。発見のきっかけは「フランスのお土産」

――そして42歳の時に原田監督の『わが母の記』で映画初出演を果たすも、40代で乳がんが発覚し闘病もされたとか。

「たまたま友人がフランスで胸に張りが出るクリームを買ってきてくれたので塗っていたら、パチンコ玉みたいなしこりを発見したんです。次の日病院に行ったら、がん細胞で、早急に手術となりました」

赤間麻里子さん
――何気ない日常の動作の中で気付いたわけですね。

「私は乳がん検診を毎年受けていたのですが、偶然にもその年だけしてなかったんです。たまたま自分で発見できて良かったですけど、周囲の人たちには『必ず検診は受けて!』って言っています。早期であればあるほど治しやすいですからね」

◆とことん調べて考えて、自分で決めた結果と向き合う

――がん闘病の経験者として、伝えておきたいことなどはありますか?

「自分が得た信じられる情報をもって自分の病と向きあった方がいいと感じました。せめて医師と対等に話ができるくらい学んだほうがいい。そうしないと、抗がん剤の副作用なんかでも、すべて医師のせいにしてしまう。恐怖心を克服するためにも、これって大事なんです。すべて自分が決めたことだと思わないと、悪いことが起こった時に自分への言い訳がたたないんですよね」

赤間麻里子さん
――赤間さんの言葉には、病気のことだけではない人生の教訓が含まれている気がします。

「そうですね。人生にも通じることだと思います。結婚相手や友達、仕事を選ぶ時にも同じことが言えるのではないでしょうか」

◆ひとつ、ひとつの作品を丁寧に積み上げ続けたい

――最後に俳優としての今後の目標を聞かせてもらえますか?

「私、目標の到達点ってないんですよね(笑)。これまで2~3ヶ月は仕事がないなんてことが当たり前だったから。普段はパートをして、俳優の仕事が入ったらお休みを頂いて、みたいな。だから、今のようにコンスタントにお仕事を頂けて、ひとつ、ひとつの作品を丁寧に積み上げ続けて行けることが、ベストだなと思っています」