「井上って、何がすごいの?」

 ファンは気楽なものだ。質問相手の雰囲気と素性に合わせて「全部のレベルが違うねんよ!」とか「あれこそがセンス・オブ・ワンダーだね」とか言っておけば、それで済む話だ。記者ならそうはいかないのだろう。「井上って、何がすごいの?」という疑問を咀嚼して言語化するために、井上に負けたボクサーたちに会いに行くというのである。まったく、頭の下がる話だ。

 かくして、森合正範の旅は始まる。

 ルーキーだった井上と拳を交え、「井上と戦うなら今しかない。来年、再来年になったらもっと化け物になる」という名言を残した佐野友樹を訪ねた名古屋を皮切りに、森合の旅は遠くメキシコ、アルゼンチンに至る。世界的なレジェンドボクサーたちから、公式戦では井上との対戦記録がないスパーリングパートナー、さらにはその周辺の親族、チームスタッフにまで取材は及ぶ。

 印象的な描写がある。筆者は何度も井上自身にインタビュー取材を行っているが、井上は次の試合の相手が強ければ強いほど饒舌になり、楽しそうにその展望を語るのだという。