『おむすび』第17回の初登場場面で変幻自在の音色を矢継ぎ早に響かせるときも、もしかしたらアドリブが混ぜっているのかもしれない。ふっとひと息、チチンプイプイとでも呪文を唱えるかのようにセリフを吐く人である。
チチンプイプでいうと、同じ橋本環奈主演の配信映画『赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。』(Netflix、2023年)でキムラがバーバラという名前の魔法使いを演じていた。ちょっと胡散臭い感じのバーバラに対してほんとうに魔法を使えるのかと疑ってしまったものだが、この魔法使い役もマジカルなバリエーションとしてキムラの名演のひとつに数えておきたい。
◆無言の慎ましさをたたえていた場面
逆に声を発しないドラマ作品もあった。『ザ・トラベルナース』第2話、発語が困難な状態になった入院患者役を演じ、中井貴一演じるスーパー看護師による熱心な看護の甲斐あって退院する場面。いつものキムラ節がよりあざやかに感じられた。
変幻自在というのは、単に声色の変化のことだけでなく、こうした作品と場面ごとの雰囲気に合わせて声音の役割そのものを調節する能力のことでもある。さらにいうと、必ずしも声を必要としない場面では、俳優としての大きな強みである声をすっぱり封じることもできてしまう。
第5週第22回では、幼少期の結が地震で被災する。姉・米田歩(高松希)の親友がタンスの下敷きになったことを知る場面では、黙り込んだキムラがメガネ越しにさりげなくさっと右目から涙を流す。そのあと、カメラが動き、画面奥に配置されると、キムラの存在感が無言の慎ましさをたたえていた。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu