フリーランス国際協力師の原貫太です。先日以下のようなツイートをしたところ、大きな反響がありました。

 

他人と自分を比較する「クセ」をやめてから、生きるのが50倍楽になった。 小学校から大学まで競争ばかりしてきた僕たちには、自然と「他人と自分を比較するクセ」ができてしまっている。 他人と自分を比べて一喜一憂しても、何一つ意味がない。僕らはもっと、自分の人生だけに集中して生きればいい。

 

50倍という数値には何も根拠がないのですが(すみません笑)、他人と自分を比較する「クセ」を意識的にやめるようにしてからは、生きるのがずっと楽になったのは事実です。

 

この記事の読者にも、例えばサラリーマンの方なら、同僚や部下と自分を比較し、どちらが優れている、どちらが劣っていると自然と考えてしまっている……そんな人も多いのではないでしょうか?

しかし、他人と自分を比較するクセをやめない限り、いつまでも自分軸で人生を生きることはできません。

他人との比較には永遠に終わりがないからこそ、死ぬまで人間関係で消耗し続ける人生を送ることになります。

 

僕らは「比較」ばかりの環境で育ってきた

これまで育ってきた環境を思い返してみてください。

  • 小学校

徒競走で誰と誰が戦い、誰が誰に勝った。

  • 中学校

部活のレギュラーを決めるため、先輩や後輩と競った。

  • 高校

偏差値の高い大学に入るため、何度も試験を受けた。

  • 大学

少しでも社会的地位の高い企業に入ろうと就活に取り組んだ。

僕たちは小学校から大学まで、「競争」や「比較」ばかりを強いられる環境で育ってきました。

特に日本のように「集団主義」を重んじる文化がある国では、他者と自分を比較する機会もおのずと多くなります。

 

僕自身は中学・高校と進学校に通っていたこともあり、自分のやりたいことではなく、周りとの比較の中で進路を考えてしまっていました。

感受性豊かな幼い頃に「比較」ばかりの環境で育ってきた僕らには、無意識のうちに他人と自分を比較してしまう「クセ」が身に着いています。

このことに気がついてからは、僕は日本の教育に大きな疑問を持つようになりました。

他人と自分を比較する「プライド」は捨てよう

他人と自分を比較することで喜んだり、悲しんだりするクセのある人は、余計なプライドに人生を蝕まれています。

会社で働くサラリーマンを例に考えてみましょう。他人と自分を比較して一喜一憂してしまう人には、例えばこんな弊害が発生します。

  • 周りからの評価を気にしすぎるあまり、会議で思い切った発言ができない。
    ・仕事でミスをして上司に叱られても、恥ずかしさから素直に反省できない。
    ・年下の部下から進言された時、その意見に耳を傾けられない。

こういった問題は余計なプライド、つまり他人と比較して一喜一憂する「プライド」を捨てることによって、すべて解決できるはずです。

たとえ周りから何を思われようとも、自分の意見はハッキリ主張すればいい。自分のミスで叱られたら、周りからの視線なんて気にせず「ごめんなさい」と言えばいい。 年齢や立場的には「下」の部下の意見だって、優れたものなら素直に取り入れればいい。

どんな人でも、他人と自分を比較したり、周りからの評価ばかり気にする余計なプライドを捨てられたら、人間関係は今よりもずっと楽になるはずです。