親が認知症になった場合、通帳をなくすたびに再発行の手続きをしたり、税金の支払いを代行したりと、家族の手助けが必要となる機会が徐々に増えてきます。また、悪質商法の被害に遭わないかにも注意する必要があります。まして遠く離れて住んでいると、本人と意思疎通を図るにもひと苦労です。実は、そんな判断能力が不十分となった人を支援するための「成年後見制度」という制度があります。
もし、あなたの親が相続の準備をしないまま親が認知症になってしまったら……。預貯金の引き出しや不動産の売却など、家族が代わりに行えることには限界があります。認知症などで判断能力が不十分と認められた本人に代わって、さまざまな判断や手続きを行うことを「成年後見制度」といい、家庭裁判所の選任のもと、本人の財産保護などをするのが「成年後見人」です。
成年後見人は、認知症になった本人に代わって財産を管理し、通院や介護、入院の際の手続きを行います。成年後見人の役割は、本人の判断能力が低下してから始まり、本人が亡くなった時点で終了します。本人が亡くなった後の遺産分割などの手続きは、成年後見人ではなく相続人によって行われます。よって、成年後見人は直接相続に関与するわけではありません。しかし、本人が亡くなった際の財産状況を誰も把握していなければ、その後の相続手続きが困難になります。
また、認知症になってから本人が財産を浪費したり紛失したりする可能性もあります。そのようなことから、生前の財産を管理する成年後見人は、その後の相続にも影響を与えます。つまり、相続において成年後見制度はトラブルを回避するためにも欠かせないものであり、成年後見人は相続に大きく関係する重要ポジションといえます。
通帳やカードの紛失で再発行の嵐に
認知症を患うと、鍵や通帳、銀行カード、提出書類などをなくし、そのたびに再発行を繰り返すケースもあるようです。後から紛失物が出てくることも多く、電話で相談されたときに「よく探してみて」「また見つかるよ」となだめても、「もう十分探した」「誰かに盗られたのかもしれない」などと反論され、警察を呼ぶ事態にまで発展してしまったケースもあります。
ほかにも税金や公共料金の支払い、役所への書類提出など、さまざまな手続きを家族が代行する場面が増えてきますが、預貯金の引き出しや不動産の売却などについては、いくら本人のために使う目的でも、家族が勝手に行うことはできません。しかし、たとえ本人であっても判断能力が不十分な場合は、法的に代理を認められた「成年後見人」を立てて対応するよう金融機関などから求められることがあります。
成年後見人が本人に代わって財産を管理
「成年後見制度とは、認知症、知的障害、精神障害などの理由で、判断能力の不十分な人の成年後見人を家庭裁判所が選任し、本人を支援する制度です。本人に代わって預貯金や不動産などの財産を管理したり、介護サービス利用や施設入所に関する契約を結んだりするほか、本人に不利益な契約の取り消しなども行えます」
そう話すのは、関西地方で現在30名以上の高齢者の成年後見人として活動している司法書士の備(そなえ)博之さん。
成年後見制度には①法定後見制度、②任意後見制度の2種類があります。①は判断能力の程度に応じて「後見」「保佐」「補助」に分かれますが、全体の8割が「後見」です。弁護士、司法書士、社会福祉士などの専門家か、親族が選任されます。②は判断能力がまだ認められる段階で、あらかじめ後見人となる代理人を自ら選んでおく「任意後見契約」を指します。任意後見人には、上記の専門職資格者や親族以外の人を候補にすることもできます。
どの制度も後見人は家庭裁判所(家裁)が選任し、監督します。以前は全体の8割において親族が選ばれていましたが、財産を勝手に流用したり、相続争いの前哨戦となったりするケースが頻発し、現在ではむしろ専門家が選ばれることが多くなりました。
「行政からの依頼がきっかけで引き受けるケースがほとんどです。成年後見人はケアマネージャーや介護・医療スタッフ、行政、家族など、本人の生活を支えるさまざまな方たちと連携を取り、スムーズに運ぶようにする、言ってみれば『扇の要』のような存在です。」(備さん)