卒業生へのヒアリングや彼らの子育てに関する話も収集してきましたが、日本の教育概念とはまったく異なることがわかりました。
彼らは、国語、算数、理科、社会といった科目だけの勉強に捉われることなく、芸術、音楽、ボランティア活動などに積極的に情熱を傾けています。
またさまざまなコミュニティにおいて、子ども扱いされることなく、人と議論をする、違う意見を取り入れる、堂々と自分を表現できる力を自然に養っています。
海外言語習得に対する意識を強く持っているものの、親が千本ノックのように準備した習い事漬けの毎日を送っている子どもは、日本ほど多くはありません。もっと別の視点で、さまざまな才能や能力を育てる環境づくりを重視していたのです。
私は今回のイギリスでの学校見学を通して気がつきました。やみくもに受験勉強ばかりしていても、子ども時代だからこそ柔軟に育めるコミュニケーション能力や感性、表現力や主体性を高めることはできないことを痛感したのです。
◆優秀大学に入っても幸せになれるわけではない。大切なのは?
小さな話にはなりますが、私自身(念願の東京大学に入学し、好きな仕事をして経済的にも精神的にも自立して生きています)を振り返ってみても、幼少時代に勉強ばかりするようなことはなく、自然の中で思いっきり遊んだり、家の手伝いをしたり、友達と自転車で遠出をしたりと、自由な青春時代を過ごしてきました。
また東大生がガリ勉ばかりではないこと、東大に入ったからと言って幸せな人生が約束されているわけではないことも実体験を通してわかってきたこともあります。
つまり幼少期の限られた時代に、子ども自身が望んでいるかわからない受験勉強ばかりに時間をかけることは、他のチャンスを失ってしまう可能性がある。それ以上に大切なのは、子ども本来の個性や才能を健やかに開花させ、地頭を良くするサポートをしてあげることだと私は考えるようになりました。