小学生のとき、聾(ろう)(聴覚に障害のあること)の児童がクラスにいた。その子と私は家族ぐるみで仲良くしており、よく家を行き来もしていた。

 ある休み時間に教室で自席に座っていたその子が、後ろの席に座る児童から頭を足で小突かれていたことがある。小突いていた児童は学年一体躯の良いサッカーのリトルリーグに所属するお坊ちゃんで、お金持ちの一人息子である彼がワガママ放題なことは学校中の者が知っていた。

◆障害者を差別していたのは

小学校の教室
 私はそのお坊ちゃんが汚い上履きで聾の友人の頭を埃まみれにする有様を見て、なんとおぞましい光景だと憤慨し、私の毎週洗濯している美しい上履きのままお坊ちゃんの横っ面にドロップキックを思い切り喰らわせた。

 お坊ちゃんは怒り、ご両親と共に我が家に抗議に来たが、母は形式的な謝罪だけして私をさほど叱らなかった。私は教師たちに何故蹴ったのか問われても友人の誇りを守ろうと口を割らず、小学生なのに2日間の停学になった。私はそれでも自分が正しいことをしたと思った。ずっと、私は正しいことをしたのだと思っていたのだ。

 でも違った。私が障害者を差別していたのだ。私は聾の友人を弱者だと決めつけていた。お坊ちゃんを強者だとも。そしてその中間に自分を位置付け、より弱い者のために振るう弱者の強者への暴力を正当化した。

 聾の友人の家へ遊びに行くときに、特権的なあわれみを全く感じていなかったかといえば嘘になる。私はその友人が聾だったからこそ我こそはと仲良くしたのだ。そこに強者の優越がなかったとは言わない。私は欺瞞に満ちた優しさで障害者への差別を行ってきたのではないだろうか。そうでなければ、Uに瞬間とはいえあの醜い思いを抱くわけがない。

 Uの凡庸さは彼女が勝ち取ったものだった。彼女は女子大に入ってすぐ、私にこう言ったことがある。「女ってさ、パワーゲーマーじゃん。会った瞬間に勝ち負け決めて、それで付き合うんだよ」。私は然もありなんと、彼女の言語センスに頷くだけでそれが実際どういうものなのかあまり考えず「そうだね。そういうパワーの序列って下卑ているというか、ダサいよね」と彼女に同意を求めた。