東アフリカに位置するエリトリアの首都アスマラは美しいイタリア植民地時代の建築で知られており、ユネスコの世界遺産に登録されています。街にはアールデコ様式の建物が点在し、歴史と文化が融合した魅力的な都市です。

紅海に面したアフリカ大陸の国エリトリア

エリトリアは、紅海に面したアフリカの北東部に位置する国です。

古代から多くの文明が交差する場所でもあり、考古学的にも重要な遺跡が多く存在します。例えば、アクスム王国の遺跡や、古代の港町アドゥリスなどが有名です。また、紅海沿岸には美しいビーチやダイビングスポットがあり、自然愛好家にとって魅力的な場所です。また、ダナキル砂漠やエリトリア高原など、多様な自然環境も楽しめます。

エリトリアの歴史

エリトリアの歴史は古く、紀元前5世紀から紀元後10世紀にかけて現在のエチオピアとエリトリアに跨るアクスム王国に遡ります。

アクスム王国の繁栄と衰退

ソロモン王とシバの女王の後継と称するアクスム王国は、紅海を通じてインドやローマ帝国と交易を行い、象牙や金などを輸出して繁栄を極めていました。しかし、7世紀以降イスラム帝国の台頭により交易路が変わり、経済的に孤立していきます。これにより、アクスム王国は10世紀頃にザグウェ朝に取って代わられ、そのザグウェ朝も王位継承争いによって衰退。そこに、アクスム王の血筋を受け継ぐと称するイクノ・アムラクが現れエチオピア帝国が始まります。

エチオピア帝国の成立とイタリアの介入

エチオピア帝国(現エリトリア含む)は、1270年から1974年まで続いた国家です。その間の1885年にイタリアが介入すると、1890年の植民地政策によって沿岸部(現エリトリア)は分離されイタリアの植民地となりました。

エチオピア&エリトリア連邦の形成と併合

第二次世界大戦中の1941年にイギリス軍がイタリア軍を駆逐しイギリスの保護領になったエリトリアは、エチオピアとの連邦制にするという案が可決され1952年にエチオピア・エリトリア連邦を形成します。