佐賀と福岡の県境にある、壮大な筑後川。その大きな川を跨ぐ立派な橋「筑後川昇開橋」は、国指定重要文化財になっています。かつては、国鉄の佐賀線として大活躍したこの橋は、今は無料で行き来できる遊歩道となっています。両側には公園もあり、見どころたくさん!
佐賀と福岡の県境にある重要文化財 「筑後川昇開橋」
九州最大の河川と言われる 筑後川 は、熊本・大分・福岡・佐賀の4県を流れています。その筑後川が流れ着くのは 有明海 。筑後川昇開橋 は有明海近くの、佐賀県佐賀市と福岡県大川市をつなぐ橋で、 可動橋、いわゆる、 川を大きな船が通れるように動く橋です。
可動橋の中には、「旋回橋」、「跳ね橋(跳開橋)」、「テーブル橋」などいろいろな種類がありますが、筑後川昇開橋 は世界でも有数の可動橋、日本では最古の 「昇開橋」 なのです。
無料で散策できる遊歩道
端から端まで歩いていける遊歩道になっており、橋の長さは507.2メートル。往復しても1kmちょっとなので、散歩にちょうど良い距離です。
橋自体の見所は、もちろん中央にある 「筑後川昇開橋」ですが、ここからの 筑後川 の眺めも絶景! 河岸からも見られますが、やはり河岸から見る光景と、川のど真ん中から見る光景とでは、全然違います。
先ほども紹介したように、この橋があるのは筑後川の下流になるので、とても大きくてゆったりと流れる川、そして周囲に高い山々がないどこまでも広々とした光景は、立ち止まっていつまでも見ていたくなります。
目の前で見られる「昇開橋」
昇開橋 が近づいてくると、ワクワク感も高まります。近くで見ると、とっても大きい!
普段は橋が上がっていない状態なので、そのまま通り抜けができるのですが、運が良ければ係員さんが橋をあげて見せてくれます。
その間は、写真の通り門が閉められ、しばらくの間、通行止めになりますが、目の前で橋が上がったり降りたりする光景が見られるのは、とっても新鮮! 特に「何時に上げる」というのは決まっていないようなので、係員さんの気まぐれ? のようです。
その係員さんも、とっても愛嬌のある方々ばかり。日々、こうして観光客とおしゃべりしているのでしょうか、とてもお話上手だし、もちろん 筑後川昇開橋 のこともとっても詳しいので、何でも答えてくれます。
国指定重要文化財および機械遺産となった「筑後川昇開橋」
遊歩道として、筑後川昇開橋 をご紹介してきましたが、なぜ 国指定重要文化財 に登録されたのか。それは、とっても歴史深いわけがあります。
それは、この橋は、もともと 電車が走る 橋梁 = 線路 だったから!
1890年ごろ、日本政府は、国が建設すべきと法で定めた「鉄道敷設法」によって、日本各地に鉄道路線を造っていました。昔は「国鉄」といっていたものです。佐賀県と福岡県を結ぶために筑後川に 橋梁 を造って鉄道を走らせるのも、その一環。その橋梁の建設場所として、ここが選ばれたというわけです。
でも、その建設はとても困難だったと言われています。というのも、ここは 有明海 の近く。海の潮の満ち引き、すなわち海面の上下に思いっきり影響される。
当時は、鉄道よりも、頻繁に筑後川を行き交っていた大型船の方が優先! その大型船の航行を妨げず、なおかつ潮の満ち引きの差が激しい広大な川に、鉄道のための橋を架けなければならない。
そこで生まれたアイデアが、「昇開式」という、当時では大胆で斬新な方法でした。
でも、前述の通り、建設しようにも、海の満ち引きで安定した建設ができない上に、この川底は有明海の近く 。有明海といえば 日本最大の干潟 すなわちドロドロの 粘土層です 。この粘土層は16mほどもあったそうで、掘削作業は困難を極めたとか。
廃止となったが市民の要望で保存、そして遊歩道へ
そんな建設の困難を乗り越えて、国鉄の佐賀線が活躍した時期もありましたが、どんどん道路が整備され、運搬はトラックが主流になる。時代の流れとともに、1987年には国鉄の佐賀線は廃線となることに。筑後川昇開橋 も閉鎖されました。
でも、地元の人たちが「残して欲しい!」と強く要望したことによって現存。結果、1996年に国の 登録有形文化財 に登録、2003年に 国の重要文化財 に指定され、2007年に日本機械学会より 機械遺産 に認定されています。
ちなみに、重要文化財としての正式名称は「旧筑後川橋梁」です。
この橋の、佐賀県側、福岡側にも、面白い設備や公園があるので、続いてご紹介します。