◆是枝裕和監督作品では「究極の芝居の境地にいた」

前田旺志郎
――過去作についても教えてください。やはり小学3年生のときの初主演映画『奇跡』(2010年)について聞かなくては思います。同作の現場は学びが多かったですか?

前田:『奇跡』の現場では、自分は役者という認識がそこまであったわけではありません。初主演作とはいえ、台本もありませんでした。

――台本が用意されていないのは、是枝裕和監督特有の演出ですね。

前田:毎日、どこでどういう撮影をするのか、現場に行くまで明かされませんでした。一つの役として繋がっているのか。それは是枝監督の頭の中だけで描かれていることで、シーンごとの監督からの演出に対して僕はその場で感じた瞬発力で演じました。

今現在の感覚だと、最終的にどういう作品になるのかわからないというスリリングな演技体験でしたが、究極の形だったと思うんです。

――というと?

前田:あの時の自分は、究極の芝居の境地にいた感覚があります。演じるというよりも、役としてフラットにその場に存在していた。それが原体験にあり、その後さまざまな現場で経験して積まれていくものもあれば、逆に経験して失われていくものもたくさんありました。

上手くなるって大切なことではありますが、芝居の良い悪いと、上手い下手は別軸にあります。どれだけセリフが棒読みでも良い芝居をすれば、それは大正解。一方で、上手いは技術に偏った感想だと思うので、「うわぁ良いな」と思われる役者になっていきたいです。

それにはやっぱり当時のあの感覚は大切で、常に僕の指針であり、目指すべきところです。原体験に近づいていかなければという気持ちが強いです。

――その後、同じく是枝監督の『海街diary』(2015年)にも出演していています。同作は中学生のときでした。『奇跡』が原体験。同じ監督の元で、多感な時期に年齢を重ねるのは面白い経験ですね。

前田:是枝監督の作品にまた出られたことがすごく嬉しかったです。『海街diary』のときは、多少なりとも他の現場でもちょこちょこ経験していましたが、やはりその場で言われたことに対して瞬発力を働かせようという感覚に戻った感じでした。