cover interview 福士蒼汰×松本まりか

映画『湖の女たち』が公開される。吉田修一氏による同名小説を映画化したこの作品は、琵琶湖近くの介護施設で起きた不可解な事件を発端に人間の醜さと湖の美しさを対比し、言葉では表現できない人間における“生”の部分に迫る極限のヒューマンミステリー。インモラルな関係性に溺れていく刑事と容疑者という難役でW主演を務めた福士蒼汰さんと松本まりかさんのロングインタビューをお届けします。

Profile

福士蒼汰/ 1993年生まれ。2011年に俳優デビューして以来、数々のCM・ドラマ・映画などの映像作品を中心に活躍。近年の主な出演作に、ドラマでは「星から来たあなた」「弁護士ソドム」「大奥」「アイのない恋人たち」など。ドラマHuluで配信中の「THE HEAD」 Season2で念願の海外作品デビュー。今年放送・配信予定のWOWOW「アクターズ・ショート・フィルム4」では、初監督作品「イツキトミワ」を手がけた。

お芝居のためならなんでもやるという 松本さんの覚悟が美しくてカッコイイ

湖畔の介護施設で、100歳の寝たきり老人が死亡した。事故なのか、殺人事件なのか?吉田修一氏のミステリーが原作の映画『湖の女たち』。不可解な事件の影で恋愛とは言い難い奇妙な関係に陥るのが福士さん演じる刑事の圭介と、松本さん演じる介護士の佳代だ。映画やドラマなどで活躍し続けるお二人の初共演、さらには、これまでにない役どころということで話題を呼んでいる本作。まずはお互いの第一印象から伺った。

松本 衣装合わせの日、駐車場でお会いしたのが初めてだったと思います。それはそれは、爽やかボーイという感じでした。

福士 いつ頃でしたっけ?

松本 覚えてないの?私はしっかりと覚えてるのに...。

福士 あ!思い出しました。松本さんがいらっしゃるということで、駐車場で僕が待っていたんです。

松本 怪しいなぁ...。

福士 ごめんなさい(笑)。でも、第一印象の前に出演されてるバラエティー番組を拝見していて。そこで、無言でインスタライブをやると聞いて、独特な世界観をお持ちの方なのかなという印象を持っていました。ですが、実際にお会いした時は、そういうイメージとは違ったような気がします。

松本 今、だいぶ言葉を選びながらも失礼なこと言ってますよね?

福士 そんなことないです(笑)。実際お会いしたらよく笑うし、朗らかですし。テレビで見る印象より、ずっと明るい人だなと。

テンポよく楽しそうにお話をするお二人だが、作品の中で演じたのは後戻りできない欲望に目覚めてしまった、刑事の男と容疑者の女。撮影中はまったく口をきかなかったというから驚いた。

福士 圭介と佳代の“相手がどう動くか分からない、どう感じるか分からない”という関係性を作るために、会話もせず笑顔も向けず現場にいたんです。

松本 撮影初日は、びっくりするぐらい恐ろしくて、こんな福士さんを見たことがないと思うぐらい、本当に怖かった。

福士 僕は本来、笑顔で自分から話しかけるタイプなんですけどね...。

松本 撮影後も1年半くらいお会いする機会がなかったので、ずっとそのイメージのままで、福士さんとは合わないなと思っていました。でもこうしてお話ししたらとても話しやすくて、好感度急上昇です。

福士 それはよかったです(笑)。

松本 でも、あらためて思うのは、本来の福士さんはこんなにもおしゃべりしやすい人なのに、圭介を演じていたときは大嫌いになるくらい別人。そう思わせるくらい自分を騙してくれたんだと思うと、本当にすごい人だなと思います。

松本さんが“別人”と言うように、福士さんご自身も演じた圭介のことを「これまでに経験したことがなかった役柄」と話してくれた。さわやかな好青年というパブリックイメージとはかけ離れた役に驚く人も多いはず。

福士 僕にとって大きな挑戦でしたが、オファーをいただいたときは迷いなく“やりたい!”という気持ちでした。確かにセクシャルなシーンや、ハードなシーンもありますが、そこに関してはあまり躊躇いがなかったんです。むしろこの作品が包み込んでいる大きなものを、どう言葉で表していくのかが分からなくて。この役を演じるのがとても楽しみでした。

松本 私も佳代を演じる上で何度も脚本を読みましたが、頭で考えても私には持ち得ない感覚で。今までの経験値からは到底理解できるものではなかったので頭で考えることを放棄しました。ただ、彼女が置かれている環境、状況、体感というのは体現できるかなと思って。たとえば、琵琶湖の近くの介護施設で介護をし続けてきた人であり、まわりに圭介のような刺激的な人がいたわけでもないですし、そういう孤独感というか、寂しさの極限状態に陥った身体感覚みたいなものは自分に近づけることができるのではないかと。非常に重いテーマでしたし、正直とても難しかったです。佳代が一体、どういう女性なのかがわからない。自分と向き合い続けて、壊れそうになったこともありました。

福士 僕の役作りは...。こういうと語弊があるかもしれませんが、していないんです。大森監督からの“よーい、スタート”がかかった瞬間に感じたことをそのまま表現するというか、その瞬間を生きる事だけに集中しました。撮影が終わったときは、これまでの自分とは脳みそが全部取り替えられたのではないかと思うくらい生まれ変わった感覚。まさにターニングポイントになったと言える作品です。

松本 その感覚わかります。大森監督は、ただただ役者を信じてくれるんです“。感じてくれればいい”、“まりかがそう思うならそれが正解だ”って。もし自分が思う演技と違ったら言いたくなるじゃないですか。でも、監督はどう動いてもらっても構わないと。その誰かを信じて委ねるという監督の覚悟に安心感と愛を感じつつ、この映像の中で本当に生きろよと言われているような恐ろしさも感じました。この作品にも人を信頼し切るという覚悟が映し出されていると思います。

この作品に携わる前と後では芝居への取り組み方が大きく変わったと、お二人は続ける。

福士 この作品のあとに撮影したのは「大奥」と...あと...。

松本 「弁護士ソドム」と「アイのない恋人たち」でしょ?何で私の方が知ってるの(笑)。

福士 ありがとうございます(笑)。特に「大奥」は大森監督に教わったお芝居を活かすことができたと思っています。映画のお芝居は一見地味なんです。たとえば、映画だと深く思い詰めたような、考えているように見えるシーンも、テレビだと何もしてない人に見えてしまう。なので、つい状況を説明するようなお芝居をしてしまうのですが、リアリティーを求める作品では、それは必要ないと気づかされました。実は、今回の撮影も最初の方はNGばかりで。たとえば、着替えるシーンも、監督に“声はいらない”とご指導いただいたんです。声を出している自覚がなかったので戸惑ったのですが、どうやら僕は意図せず“着替えている”という状況を表すための声が出てしまっていたんです。それがエンタメ作品との違いであり、ヒューマンドラマを撮る上での役者の心構えだと学びました。

松本 そうですね。私も今「ミス・ターゲット」という、エンタメ作品をやらせてもらっていて『湖の女たち』と真逆の演技を求められている気がするんです。コテコテのわかりやすい演技というか。でもこれまでと違うのは、そういった演技でも嘘でやらないというか、次に何をするかわからない状態でお芝居をするようになりました。その方が演じていて楽しいですし、いくら表現方法が変わっても感じるがままを表現できる。表面的なことではなくて、ちゃんと映像の中で本当に生きろということを大森監督から教えてもらった気がします。

福士 その場の空気に身を置くこと、思考をとっぱらって感じるがままを表現するということを改めて大森監督に教えていただきました。これからもこの作品を通して得たことや感覚、心の動かし方を忘れないようにしていきたいと思いました。

あらためて作品の見どころを伺うと、「この作品は、“理解したい”と思うことが大切かもしれない」とお二人。

福士 僕も今でもこの作品を言葉で端的に表すのが難しいんです。初めて脚本を読んだときの印象が、美術館で抽象画を見ている感覚でした。そこにはいくつもの絵が並んでいるのに、ふたつの絵だけが象徴的に目の前に現れるんです。1枚は抽象画で、もう片方は具像画で、ふたつの絵に共通点があると言われているような気がして答えを探してみるけれど、それがまだみつからないというか...。

松本 すごくいい表現!私も脚本を読んだときは、本当にこれは一体どういう映画だと表現すればいいのだろうと思ったんです。面白いとか、感動的とか、言語化できない作品なのだと思いますが、私にとってはこの映画は人を信頼すること、そして、そういう世界はとても美しいのだということを体感した作品。観てくださった方が理解しづらいのかもしれないけれど、その先に何か美しさや希望を感じてもらえたら嬉しいです。「この世界は、美しいのだろうか」そう観る者に問いかける『湖の女たち』。