■要するに「記号」をやりたいのだ

 グングニルの上位に「ガイド」という存在があるそうです。グングニルのみんなが「ガイド様」と呼んでいる人で、何か上位的な存在的なアレを司っているらしい。

 今回、そのガイド様が、グングニルによって殺害されたはずの照朝の父(吉川晃司)だったことが明らかになりました。

 ここまで、なんの伏線もヒントもなく、急に「ガイド様が父親です」と言われても困ってしまうのですが、まあドラマがそう言うのだからしょうがない。

 要するに、「父と息子が命を懸けて戦う」という記号的な構図がやりたかったのだと思います。ダースベイダーとルーク・スカイウォーカーですね。

 フィクションの世界には、そこに置いておくだけで見ている側が勝手に盛り上がってしまう記号というものがたくさんあります。

「父と息子の対決」だとか「男2女1の恋愛関係のない高校の同級生」とか「チャラい奴が家族愛を思って慟哭するギャップ」とか、『アクマゲーム』という作品は、その記号を追い求めて提示することで、なんとかドラマとしての体裁を保っている。しかし、その記号と記号をつなぐ物語の部分、ゲームの部分を詰める時間がなかったのか、最初から詰める気がなかったのか知りませんが、最初からグラグラしていたその物語としての土台が、この第8話に至って瓦解し始めたことがありありと感じられました。