ほとんどの会社員の方にとって、退職金は人生で最も大きな額のお金を手にする機会になります。そのまとまったお金をどうするかは難しい問題ですが、大切な老後資金だからこそ、その管理方法は夫婦で話し合って決めたいもの。コミュニケーション不足のまま資産運用を始めると、思わぬトラブルに発展するかもしれません。
退職金2,200万円を投資に
長年大企業の経理部で働いてきたCさんは、退職の数年前から退職金の運用方法を考えてきました。これまで投資の経験はないものの、資産運用の本を読んだりセミナーの受講をしたりして投資の勉強はしっかりされています。リスクとリターンの関係や分散投資の必要性など、基本的な知識はお持ちの様子でした。
実際に退職を迎えたときのCさんの退職金は2,200万円とかなりの大金でしたが、バランスを考えた上ですべて投資に回します。国債と国内外の投資信託が中心で、Cさん自身すぐに結果が出るとは思っておらず、10年、20年と長期的に見て少しずつ増えれば良いと考えていました。
200万円の損失で妻が不眠になり、夫婦喧嘩が絶えない日々に
その後の2年間で投資の損益は200万円のマイナスでしたが、投資で一時的な損失はよくあることです。短期的な損失はCさんにとっても想定内でした。しかし、Cさんの失敗は、妻に詳しく説明せずに退職金を投資に回してしまったことです。
Cさんの妻はとても堅実な性格で、投資には良い印象を持っておらず、リスクをとってお金を増やすぐらいなら生活費を切り詰めたいというタイプです。
退職金が知らない間に投資に回っていたことと、今の時点で200万円の損失が出ていることを知ると、大変なショックを受け、不安から夜眠れなくなってしまいます。退職後はCさんと一日中一緒にいるので、お金のことでの喧嘩が絶えなくなります。
3年で投資をやめ、300万円の損失を確定する羽目に
この段階になると、損失は一時的なもので、長期的に値段が回復したときに売ったら利益が出ると、いくらCさんが説明してもまったく信用してくれません。結局、夫婦生活の破綻を防ぐため、300万円の損失を確定させて投資は断念せざるを得ませんでした。
Cさんは投資経験がないにもかかわらず、退職金すべてを投資に回したことは責められるべきですが、資産運用のバランスはよく考えられており、方針自体もそれほど間違ったものではありませんでした。実際、長期的に見てタイミングの良い時期に売ればそれなりの利益が出ていた可能性はあります。
今回のCさんの大きな間違いは、妻のリスクに対する考え方を配慮していなかった点です。投資では、どれぐらいの損失まで許容できるのかを「リスク許容度」といいますが、このリスク許容度は人によって違います。
リスク許容度が高い人にとって、今回のCさんの妻の言い分は極端すぎるように映ったかもしれません。しかし、自分のリスク許容度を超えた投資を行うことによって、一日中値動きが気になり他のことに手がつかなくなったり、夜眠れなくなったりすることは珍しいことではありません。
夫婦でお金の運用を考える場合、2人のリスク許容度が異なることはよくあります。この場合、リスク許容度の低い方がストレスを感じないよう、2人でよく話し合っておくことが大切なのです。
退職金の運用は夫婦で話し合いを
今回のケースでは、Cさんが夫婦仲を優先させて途中で投資をやめたので、損失はお金だけで済みました。しかし、退職金の運用方針の違いで口論が増え、関係が修復不可能になる夫婦もいます。投資をしている方としては2人のために良かれと思ってやっているはずですが、リスクをとることが人によっては大きなストレスになるということを理解し、特に退職金の運用は夫婦が納得するまで話し合って行うようにしてください。
文・松岡紀史
肩書・ライツワードFP事務所代表/ファイナンシャルプランナー
筑波大学経営・政策科学研究科でファイナンスを学ぶ。20代の時1年間滞在したオーストラリアで、収入は少ないながら楽しく暮らす現地の人の生活に感銘を受け、日本にも同様の生活スタイルを広めたいという想いから、 帰国後AFPを取得しライツワードFP事務所を設立。家計改善と生活の質の両立を目指し、無理のない節約やお金のかからない趣味の提案などを行っている。
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