◆悲劇的な過去を持つ主人公を演じた『市子』

 映画『市子』(2023)は「プロポーズをした恋人が、なぜか翌日に姿を消してしまう」ことから始まるミステリードラマで、大きな特徴は時系列が激しくシャッフルする作劇。それはいたずらに複雑にしているわけではなく、「断片的にひとりの女性の謎めいた過去を知っていく」様が劇中の登場人物と一致しており、まるでパズルを解いていくような面白さにもつながっていた。

 杉咲花扮する女性の過去は悲劇的ではあるが、ただ「かわいそう」な印象だけを持たせない。時には「自分の信じているもののために行動する」精神的な強さを感じさせる一方で、別の場面では「何かを諦めている」ような表情を浮かべていたり、さらに別の場面では「恐ろしい選択ができてしまう」危うさをも表現していたのだから。

 そして、若葉竜也演じる青年といる場面は、わずかな時間だけでも、どこにでもいる普通のカップルに見える、幸せな日々があったと思えることが、より切ない。

 その若葉竜也はドラマ『アンメット』で杉咲花との再共演を果たし、そちらではマイペースな言動で彼女を導く存在となるそうだ。『市子』はAmazonプライムビデオで2024年3月8日より見放題配信となる。