◆稲森いずみの表情の険しさに胸がえぐられる

 心配して待っていた夫が起きてくると、陽子は完璧なメイクをして服を着替えて待っていた。このときの陽子の腹の据わった様子には、かなりの迫力があった。身なりを整えた昂太に、陽子は「連れていきたいところがある」と連れ出す。

 昂太の親友で会計士の加集から、昂太が会社の金3000万円を隠し口座に移したこと、夫の映画に出資するスポンサーが理央の父親であるとの情報を受け、陽子の心に火がついた。陽子が夫をともなって向かった先は、理央の実家だった。

 何度も裏切られながら、陽子は昂太を信じたかったのだろう。死にきれずに未明の浜辺を裸足で歩く稲森いずみの表情の険しさに胸がえぐられるようだった。我慢に我慢を重ね、夫と息子を両腕に抱えて「やり直そう」と決めたばかりだったのに……。気持ちよく上っていったら、頂上間近で一気に突き落とされるような感覚だっただろう。これ以上、我慢する必要がある? と誰もが問いたくなったに違いない。