「絶大な知名度を誇っていたので、地方興行に行けば強い集客力を誇っていた。また、プロレスのリングではしっかり“結果”を出していたので、もっと早くリングに上がっていれば、と関係者の間では惜しまれていた」(元プロレス専門誌記者)

 サップとの対戦から12年後の15年のおおみそか、曙さんはさいたまスーパーアリーナで行われ、同年旗揚げした格闘技イベント「RIZIN」のリングで再びサップと対峙(たいじ)することになった。

「曙さんは14年4月に肺炎のため入院するなど、体調が優れていなかったが、旗揚げしたばかりのRIZINのオファーを受け、断らずにリングに立った。とはいえ、その時の試合はあくまでもエキシビションマッチでガチンコとはいえず。おまけに、すでにサップはギャラ次第では寝る(=負ける)ことも辞さず……という姿勢で挑んでいたのは有名な話。なので、曙さんに“譲る”という選択肢もあったが、『曙だけには負けない!』とあくまでもガチンコでリングに上がることを宣言。結果、2ラウンド負傷判定でサップが勝利。曙さんは2連敗となった」(先の業界関係者)

 ここに来て、サップは50歳にして韓国で行われたボディービルコンテストに出場。3位入賞でその肉体の健在ぶりをアピールしたが、海の向こうで激闘を繰り広げた曙さんを追悼しているはずだ。