老後の資金計画のご相談を受けていると、「投資は必要でしょうか」という質問をされることがあります。確かに金融機関では、老後の生活費が心配な人だけでなく、充分な蓄えがある人にも「豊かな老後」を目指すために投資をすすめてきます。しかし、「投資=豊かな老後」ではないことをしっかりと理解しておく必要があります。

豊かな老後を目指して投資を始めた60代夫婦

(写真=PIXTA)

老後のための資産運用でご相談に来られた、都内に住むRさん(62歳)とその妻(60歳)は、この世代には珍しく、夫婦共働きでどちらも定年まで働いていました。貯金が3,000万円近くあり、将来もらえる年金も月々28万円と、平均的な家庭に比べるととても恵まれているという印象です。

投資の経験はないが、これからチャレンジしたいとのこと。Rさん夫妻の家計は、ときおり子どもや孫に対する高額な出費があるものの、普段は質素です。今の生活で将来苦労することもないと思われたので、逆に「なぜ今から投資をしたいのですか」とたずねました。

返ってきたのは、「老後を豊かにしたいから」というもの。投資にはリスクがつきものであることや、いざという時の現金・預金の必要性などをお伝えし、初回は面談を終えました。

ところが、次の面談でRさんから開口一番「投資をはじめました!」と報告がありました。聞くと、投資は早くはじめた方が有利と思い、銀行に行ってさっそく手続きをしたとのこと。

内容は外貨預金と投資信託のほか、安全資産としてご紹介していた「個人向け国債」でした。ただ、問題はこれまで貯めてきたほとんどの資産をこういった金融商品に回したことです。安全資産と投資信託、そして外貨の組み合わせで、一見バランスがよいように見えますが……。

子どもへの資金援助で急にお金が必要に

(写真=PIXTA)

2020年の新型コロナウィルスの影響で投資信託の値段は大きく下がりました。しかし、Rさん夫妻はそもそも短期的な利益は目指していませんでした。そのため、気長に待っていれば上がるだろうし、いざとなれば国債を途中換金すればいいと思っていました。

しかし、突然子どもがマンションを買うと聞いて、事態は急変します。お子さんはRさん夫妻が住んでいるような都内のマンションにはとても手が出ないので、Rさんの家から電車で70分ほどかかる郊外を検討していると言います。Rさん夫妻は自分たちが頭金を援助するから、近くのマンションにするようすすめることにしました。

500万円の援助の約束をしましたが、実はRさんにはその時点で自由に使えるお金があまりありませんでした。購入して間もない個人向け国債は、1年間は換金できません。投資信託や外貨預金は損失が出ているため、売ると損失が確定します。とは言っても他に方法がないので、仕方なく値下がりした投資信託を売って資金を作ることにしました。

老後の資産運用で見落としがちな流動性リスク

(写真=PIXTA)

結局、豊かな老後どころか、資産が1年足らずで150万円ほど目減りしてしまいました。Rさんはまだ健康だからよかったものの、老後は他にも病気やケガ、突然の介護などで急にお金が必要になることもあります。

投資にはじめてチャレンジする人の中には、上がるまで待っていれば損はしないと考える人が多いのですが、いつどんな理由でお金が必要になるかは予測できません。元本割れすることなくいつでも引き出せる現金や預金などは、確かに増えることは期待できませんが、不測の事態に備えるという大きな役割があるのです。

投資が豊かな老後につながるとは限らない

(写真=PIXTA)

「投資で豊かな老後を」という言葉をよく聞きますが、この言葉は投資でお金が増えることを前提としているように感じます。投資にはリスクが伴います。増える保証はありませんし、豊かな老後につながるとも限りません。Rさん夫妻のように予想外のことが起こる可能性もあるのです。収入が増えない老後だからこそ、楽観的な予測ではなく、自分たちの資産や知識、経験でできることを考えることが大切です。

文・松岡紀史
肩書・ライツワードFP事務所代表/ファイナンシャルプランナー
筑波大学経営・政策科学研究科でファイナンスを学ぶ。20代の時1年間滞在したオーストラリアで、収入は少ないながら楽しく暮らす現地の人の生活に感銘を受け、日本にも同様の生活スタイルを広めたいという想いから、 帰国後AFPを取得しライツワードFP事務所を設立。家計改善と生活の質の両立を目指し、無理のない節約やお金のかからない趣味の提案などを行っている。

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