◆作品に合わせた声の演じ分け

 作風も役柄もまるで違うが、同じWOWOW製作のドラマ『フィクサー』は、政治物だけに物々しい雰囲気漂う。毎朝新聞政治部の記者である渡辺達哉(町田啓太)が、冒頭から作品全体のナレーションを担い、うごめく悪漢どもを客観的に俯瞰する重要な役割。

 こころなしか、町田のナレーションに力が入るのがわかる。『チェリまほ』では、黒沢役の心模様をふるわせる見事なモノローグが素晴らしく、繊細な感性に磨きをかけた。

 売れない漫画家が、毎回旬のトピックを早口解説する『漫画家イエナガの複雑社会を超定義』では、トーク術が鍛えられてもいる。ナレーション、モノローグ、トーク。作品に合わせた声の演じ分けで三拍子揃っているというわけだ。

◆WOWOWドラマの“申し子”か

 本作は、政界のフィクサーこと設楽拳一(唐沢寿明)が、出所する場面からはじまる。直後、総理大臣・殿村茂(永島敏行)を乗せた車両が事故にあう。何者かが仕組んだことか。設楽の密かな調査とともに物語は、ゆっくりと静かに離陸する。

 設楽が目をつけ、コンタクトを取るのが達哉だ。特ダネをつかむため、匿名のメールに返信する達哉自身の中でも、ふつふつと、なにかが動き始めている。カツサンドをほお張る町田の演技が、じわじわと尾を引く。

 かぶりつく町田君の口元のアップもすごい。これはもしや『ドラフトキング』超えの名演が、繰り出すということなのか。

 設楽のことを調べようと、ある夜、達哉は、パソコンに向かう。ここで、町田の横顔が、なにかおかしいと気づきはしないか。

 いや一見、なんてことはないし、ほんのわずかな誤差みたいなものかもしれない。でも今まで見たことがない町田君が、そこには確かにいたような気がした。

 匿名メールの件名が、ダンテの『神曲』に由来するのも効果的で、町田啓太とルネサンス最大の詩人がこうしてリンクする驚きがある。『神曲』に登場する永遠の恋人たち、パオロとフランチェスカのパオロの麗しき横顔は、不思議と町田のそれに酷似している。

 メールの差出人であるK(その正体は、もちろん設楽)と接触を図ろうとし、待ちぼうけになった達哉が、「危ない場所へ足を踏み入れようとしている自覚はあった」と言う場面は、真に迫る表情だ。

 まるで、WOWOWドラマの“申し子”か。今、間違いなく、町田啓太に大きな化学変化が生じようとしている。

<文/加賀谷健>

【加賀谷健】

音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu