◆妻の言い分、夫の言い分

 結婚とは、考え方や習慣の違う他人同士が生活を共にすること。お互いが主張しすぎても、遠慮しすぎてもうまくいかないもの。夜泣きをする子供を必死になだめる妻と、明日も仕事だからと寝たふりをしてしまう夫。本当は夫に助けてほしい妻と、何をどうしたらいいか言われない動けない夫。妻が体調を崩した時も、本当は夫におかゆを作ってほしい妻と、静かに寝かせてあげたいから子供を連れて外食する夫。夫が枕元に置いたポカリスウェットに虚しさを覚える妻と、やさしさのつもりの夫。

 お互いに腹を割って話せば納得できるような小さな積み重ねが、お互いの心に傷をつけ、年月とともに修復不可能になっていくのでしょう。なんとも切ないすれ違いですが、感情のほころびは夫側よりも妻側のほうに響いてしまうのも事実。悲哀はどんどん憎悪に傾いていき、ついに夫から発せられた決定的なひとことを、エリコは聞いてしまうのです。

◆本当の自由とは何か

本当の自由とは何か
 離婚を決意してから、エリコは粛々と準備をはじめます。子供が独立し、離婚に踏み切ったエリコはシングルを謳歌。とはいえシングルにも風当たりは強く、「うらやましい」とつぶやかれたり、「この歳になって生活のランクを落とすって……」とささやかれたり悲喜こもごも。エリコの周囲にもさまざまな既婚者がいて、皆がそれぞれ不満を抱えながら、自分の選んだ道を肯定しようと頑張っているのです。

 人生に失敗などありません。結婚してもしなくても、離婚しても、正解はただひとつ。人生は誰に決めてもらうのでもない、自分で決めて、信じて進んでいくということ。エリコの選択はエリコだけの正解で、他人が賛同するかしないかは無関係です。エリコが人生の選択をエリコ自身で肯定した時、はじめて自由を知るのです。

 ラスト、ひとりで夜道を駆け抜けるエリコの姿に、きっとあなたも清々しくなるでしょう。

<文/森美樹>

【森美樹】

1970年生まれ。少女小説を7冊刊行したのち休筆。2013年、「朝凪」(改題「まばたきがスイッチ」)で第12回「R-18文学賞」読者賞受賞。同作を含む『主婦病』(新潮社)、『母親病』(新潮社)、『神様たち』(光文社)を上梓。Twitter:@morimikixxx