新型コロナウイルスの影響もあり例年よりも家で過ごす時間が長くなることが予想される夏休み……そんな状況でも読書は最も手軽で廉価な娯楽。本記事では、「今まさに青春」「すでに青春が懐かしい」といったどちらの人も楽しめるぜひ手にとってもらいたい傑作青春小説を4つピックアップしました。
甘酸っぱい夏の思い出を作ることが難しくなりそうなときだからこそ、優れたフィクションから“青春成分”を補給してみてはいかがでしょうか。
1.村上春樹『中国行きのスロウ・ボート』(短編集内の作品:午後の最後の芝生)
1983年に上梓された村上春樹の初めての短編集『中国行きのスロウ・ボート』。同短編集に収められた『午後の最後の芝生』は『博士の愛した数式』で知られる小説家の小川洋子や多くの著作を持つ思想家の内田樹をはじめ多くの読者を魅了してきた作品です。30代の主人公の“僕”は、芝刈りのアルバイトをしていた18歳か19歳の学生時代、1960年代後半にあったあるできごとを振り返ります。
そのころ遠距離恋愛をしていた彼女と別れることになった“僕”は、アルバイトを辞める最後の夏の日にある中年女性の家の芝生を刈ることに。完璧に晴れわたった夏空の素晴らしさ、そして乾いた土や草から発する熱気のにおいのみずみずしい描写がとにもかくにも秀逸です。たっぷりと時間をかけて丁寧に「最後の芝生」を刈る“僕”。
依頼主である女性はぶっきらぼうではあるもののサンドイッチなどを振る舞ってくれます。そして“僕”と女性の喪失の体験が不思議な形で重なり合い……この短編に記された葛藤や悲しみは、あくまでも“僕”の個人的なものでありながら、だからこそ普遍的な強度を保っています。
形容しがたいやりきれなさを抱えて10代を過ごした読者の胸に刺さる夏にぴったりの青春小説です。
【基本情報】
著者:村上春樹
出版:中央公論新社
価格:文庫本628円(税込み)
2.中村航『夏休み』
小説家の中村航は純文学の新人賞を受賞してキャリアをスタートし2020年現在はブシロードが企画するメディアミックスプロジェクト『BanG Dream!』の原作や楽曲の作詞なども手掛けている人気作家です。デビュー2作目にあたる『夏休み』は、第129回の芥川賞候補にもなった初期の代表作です。
主人公のマモル、妻のユキ、ユキの友人の舞子さん、そして舞子さんの夫・吉田くんという4人の男女が織り成す人間模様を描いた『夏休み』。吉田くんの謎の家出をきっかけに2組のカップルの運命を変えるかもしれない、爽やかでどこかオフビートなひと夏のロードムービー風のストーリーが描かれています。
夫婦の絆や女同士、男同士の友情をベースに印象的なセリフや時代を感じさせる固有名詞が散りばめられたポップな作風は、青春小説や恋愛小説の手練れである作者の真骨頂。純文学というジャンルでありながら子どもから大人まで楽しめる、まさに“夏休み”にふさわしい1冊です。
【基本情報】
著者:中村航
出版:集英社
価格:文庫本506円(税込み)/電子書籍481円(税込み)