さらに、志村喬扮する主人公・渡辺が自暴自棄になり歓楽街へくりだして小説家(伊藤雄之助)と遊びまわる一夜、息子(金子信雄)とのいざこざ、そして役所の部下(小田切みき)と町で出会う心温まるシーンなども、なるほどと納得できるアダプテーションになっている。原作との大きなちがいは、ウィリアムズの部署に新たに配属になる若い部下ピーターの存在で、彼の目を通して、ウイリアムズ氏の人生が描かれる。
画面サイズは縦横正方形に近いスタンダード。1950年代ロンドン、ニュースフィルムのような通勤時間の映像からはじまる。当時の映画にも似た、どちらかというとやぼったい色調。そして都心に向かう通勤列車の中は同じスーツ、同じ帽子をかぶった男たち。イギリスで育ったイシグロが少年時代に見た、そんな記憶にある風景を再現した。通勤列車といっても、コンパートメント。部屋のようになっていて、乗り合わせた同じ職場の面々が向かい合う座席でたわいもない話をしている(これがあとで絶妙な役割をはたす)。そこに、山高帽のウイリアム氏が乗り込んでくる。
日本人とイギリス人の共通の感情。イシグロはそれを「ストイックなまでの抑制心」という。ビル・ナイのあまり感情を表にださない演技はそれに見事に応えている。ウィリアム氏と渡辺氏、この映画を観ると、我々は、静かなこのふたりの末裔であると、きっと誇りに感じるはず。
【ぴあ水先案内から】
笠井信輔さん(フリーアナウンサー)
「……「生きる力」が静かにみなぎってくる。死が間近なのにまるで蝋燭の炎のように輝きが増して見える。こんな人物になりたいと思わせる存在感。これもまたいい。……」
提供元・ぴあエンタメ情報
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