ネコの口腔内の問題は年々増加する傾向にあり、かわいい愛猫の「お口の病気」に心を痛めている方も少なくないと思います。本号では、最近、愛猫家の間で認知の広がっている「ネコの口腔内疾患」について、最新の情報を交えて解説したいと思います。
われわれ人間の口腔衛生の概念も、ここ50年くらいの間に大きく変わりました。筆者が小学生の頃(40年ほど前になりますが)、学級に虫歯のない子は一人二人で、集団歯科検診の折には、朝礼で表彰されるようなこともありました。いわゆる「味噌っ歯」児童も多く(筆者もその一人だったのですが)、笑えばにわか藤山寛美がずらり勢ぞろいという、今では考えられない時代でした。
この時代は小児の口腔衛生に重点が置かれ、「虫歯予防・歯磨き推進」が中心でした。 それ以降、成人の「歯槽膿漏予防」、若年の「歯列矯正」へと時代は移り、現在の「歯周病予防」を中心とした口腔環境を健全に保とうという時代に移り変わってきています。
殺菌剤入りの洗口液や電動歯ブラシ、キシリトールやアパタイト配合ガムと歯科関連用品には事欠きません。このように、ヒトの口腔の問題は(1)虫歯、(2)歯槽炎を含む歯周病に集約されます。
それに対し、イヌやネコには「虫歯」がほとんどなく、イヌでは大量の歯石形成をともなう「歯周病」が口腔の問題の大半を占めています。一方、ネコはイヌほど多くの歯石形成を見ませんが、それでも「歯周病」が最も多い口腔疾患で、次に「FORLと呼ばれる破歯性吸収病変」が、そして、いわゆる「口内炎」が3番目に多い問題として報告されています。
これらネコのお口の3大トラブルについで一緒に考えて行きましょう。
これは、ヒトでもイヌでもそしてネコでも同じですが、露出した歯冠に歯垢が蓄積することから生じます。
歯垢はその量がどんどん増えてくるにつれて、歯周ポケットヘと侵入しはじめ、そこにいる細菌の増殖を促し、唾液中のミネラルを蓄積して歯石を形成します。
この状態が長期間放置されると、細菌をやっつけようと集まってきた白血球の残骸から不都合な酵素や炎症伝達物質が漏れ出し、結合組織や骨の組織が解けてきて、ポケットの拡大や歯茎の退縮が始まってしまうのです。そして、徐々に歯がぐらつきはじめ、やがて抜け落ちてしまうという結果になるのです。
「予防は簡単、歯に歯垢をためない事」と、言うは易し、するは難し。ヒトでこそ毎食後の歯磨きや洗口液によって、何とか予防は可能といえますが、イヌでも相当な努力が、 ネコにいたっては、決死の覚悟があっても???というのが現実でしょう。ネコは決して小さなイヌではありません。歯磨きを許してくれるような習性は持ち合わせていないのですから。それならどうすればいいのでしょうか。
獣医口腔衛生協会(VOHC)に認可されているようなデンタルダイエットを日常の食餌として与えるというのが、最も実用的といえます。
日本で入手できるものもたくさんあります。例えば、サイエンスダイエット猫用オーラルケア、プリスクリプションダイエット猫用t/d、フリスキー猫用デンタルダイエットなどです。これらのフードでは歯磨きほどの効巣は得られないかもしれませんが、確実に歯石形成を抑制することが確かめられています。
アルファベットが並ぶとどうも敬遠したくなるというのが人情ですが、今年のThe NorthAmerican Veterinary Conference(北米獣医大会)というアメリカで最も多くの獣医さんが集まる学術大会で、4歳以上の飼い猫の約50%に1箇所以上のFORL発見されているとの報告がありました。
このFORLというのは、少し虫歯と似ているのですが、歯の付け根の歯茎と接触している部分に吸収病変ができる、つまり、歯が虫食いのように解けてくるという病気なのです。
ヒトの虫歯が細菌の作る酸によってエナメル質が腐食するのに対して、このFORLというのは、炎症を誘発するような伝達物質によって歯を壊す破歯細胞が引き寄せられ、ネコ自身の細胞が歯を溶かしてしまうのです。虫歯と同じように激烈な痛みがあり、ものを噛むということに大きな苦痛をともなうようになります。
しかし、解っていることはそこまでで、
- なぜそんなことが起こるのか?
- 他の動物にはなぜ起こらないのか?
- 年々増加傾向にあるのはなぜか?
- どうしたら予防できるのか?
など、解らないことだらけというのが現実なのです。
以前といってもつい最近まで、歯周病によって炎症を誘発するような伝達物質ができてくると考えられていましたが、現在では研究が進むにつれて、歯周病もFORLも高齢になるほど増加し、そして悪化するのですが、それぞれが互いの悪化要因にはなるものの、歯周病がFORLの原因ではないことが分かってきています。
ヒトでもイヌでも口腔内の炎症の大半は、歯周病にともなって見られ、ほぼ歯肉に限定されています。
ところが、ネコだけは残念なことに特別なのです。ほっぺの内側、奥歯の後ろ、舌など、お口の中で炎症の起きない場所はありません。そして歯肉以外の口腔内炎症はとても重症なのです。
猫の口内炎は多くの複雑な原因がからみあってひとつの臨床的な症候群を形成し、しかも、期待した治療成果の上がらない、ネコ自身にとっても、飼い主にとっても、そして獣医師にとってもいらだたしい病態であるといえます。
口腔内の炎症を引き起こし、増悪させる因子には以下のようなものがあります。
(1) 歯周病
(2) FORL
(3) FeLV(猫白血病ウイルス感染症)およびFIV(猫エイズ)
(4) 主要臓器の疾患
(5) 免疫系の機能障害