◆非の打ち所がない佐藤健

 テレビ塔がそびえる大通り公園で姪の河野愛瑠(新津ちせ)と待ち合わせる昼の場面も素晴らしい。ゆるやかな風に吹かれた佐藤健の横顔が爽やかで完璧な表情に映り、思わずみとれてしまう。でも、みとれすぎには注意が必要だ。

 姪と妹の並木優雨(美波)がやってきた頃には、晴道の髪型がやけに乱れている。いつそんな強風が吹いたのか。いや、そもそも強風が吹いていたのに、それを穏やかで涼やかな爽風と錯覚させたのか。早いものを遅いと感じさせ、遅いものを早いと感じさせる。スローハンド奏法で時間を巧みに操る佐藤健は、やっぱり超絶技巧の持ち主だ。

 あるいはタクシーを呼び止めるために、あげた手。その指先のひとつひとつ。乗車した瞬間、彼が乗った反対側の車窓にのぞく横顔。牛丼をかきこみ、お茶で流し込むバストサイズの正面ショットですら。どこにも死角がない。非の打ち所もない。それが佐藤健という俳優である。

◆普遍的で、味わい深い物語

First Love -15th Anniversary Edition-(EMI Records Japan)
First Love -15th Anniversary Edition-(EMI Records Japan)
 宇多田ヒカルのデビューシングル「Automatic」がリリースされたのが1998年のこと。1999年には、デビューアルバム『First Love』を発売し、800万枚以上を売り上げる驚異のセールスを記録。活動再開後の2018年に発売したのが、7thアルバム『初恋』だった。

 満島ひかり演じる也英と晴道との19年にも及ぶ物語は、こうした宇多田のキャリアとぴたりと重なっているのが本作最大のギミックである。宇多田ヒカルという国民的で、普遍的な存在が物語全体を普遍な色合いに染めている。

 そしてその意味でのスピーカー俳優・佐藤健がいる。この俳優のスピーカーを通じた「First Love」と「初恋」を聴くことで新たに浮かび上がる普遍的で、味わい深い音のイメージがある。佐藤健のスローハンド奏法が奏でる19年の恋物語。それは終りなき物語。つまり、恋は続くよどこまでも、ということ。

<文/加賀谷健>

【加賀谷健】

音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu