◆不思議な力を感じる湊斗君の言葉

 紬が通う手話教室の講師・春尾正輝(風間俊介)の大学院生時代がサイドストーリーとして挟み込まれた第8話。同じ大学に学部生として通っていた桃野奈々(夏帆)が、春尾とやり取りするノートパソコンに「ありがとうって使いまわしていいの?」と打ち込んだ。これまた奥深い一言。第8話は、湊斗君以外にもサブキャラクターによる名言が頻出する。

 再び湊斗君の名言。紬の弟である青羽光(板垣李光人)と親友の横井真子(藤間爽子)が湊斗君の家で宅飲みする場面も見逃せなかった。3人が参加する全体ラインの名前が、「紬を幸せにし隊」。隊長に任命された湊斗君がここでも、さりげない一言を発する。真子が飲みきった缶ビールを掲げると、湊斗君は温かな表情を浮かべて「飲んだらないよ」とごく当たり前のことを言うのだけれど、これがとても味わい深く聞こえて、ジワジワきてしまう。

 湊斗君の言葉には、不思議な力がある。彼は手話を話すことはできないが、その分、自分が話す言葉には誠実である。小さな日常の中にでも、さりげない言葉をさりげなくぽんと配置しているかのようだ。

◆すべての人に開かれた一冊を携えて

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 湊君が登場する場面の台詞をどんどん拾っていくと切りがないのだけれど、いずれにしろ本作全話を通じて、もし湊斗君の名言を拾い集めた一冊の名言集を編み上げるとしたら、どうだろう? すると第9話で、湊斗君から想に返された高校生の頃の紬が書いた甘酸っぱいメモだって、その一冊に付箋のように貼り付けていくことだってできるのだ。

 第10話、光から幸せについて聞かれた湊君は、「それかな」と答える。光が咄嗟に「どれ?」と聞くのだが、もうこれは誰か特定のひとりに対する気持ちというより、広く一般に対する普遍的な「それ」なのだ。これらの名言は、「紬を幸せにし隊」の隊長として彼女を幸せにするためであるし、またそれは2020年の年賀状を読めなかった文学青年の想にとっては、何よりも「魔法のコトバ」として読めるものだし、そしてそれはまたおそらくすべての人に広く向けられている。

 そして最終話。紬の家にやってきた湊斗君は、紬と想との現在の関係性をこんなふうに言っていた。

「ちゃんとお互いのこと見てるのに、見てる時間だけ違ってる。8年分、ずれてる」

 ここまで誠実で、端的な言葉(台詞)は他に見つからない。この台詞を集録して名言集がいよいよ編み上がる。この一冊は、すべての人に向けて開かれた言葉で書かれている。この一冊を携えて、湊斗君ロスのロスタイム(延長戦)を走り抜けてみてほしい。

<文/加賀谷健>

【加賀谷健】

音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu