ここ数年、「近大マグロ」に注目が集まっているのをご存じでしょうか?「近大マグロ」とは、近畿大学水産研究所が32年の歳月を経て世界で初めて完全養殖に成功したクロマグロのことで、近畿大学が成魚まで品質管理して育てたものを指します。さらに数年前より、東京と大阪にレストランを構え、“近大卒”のマグロを多くのお客さんに楽しんでもらえる機会を提供しています。

そこで今回は、「近畿大学水産研究所 銀座店」にて、近大マグロの養殖を描いたスペシャルドラマ『TUNAガール』(2019年にはひかりTV、大阪チャンネル配信、ネットフリックス世界配信もスタート)の監督・脚本を手掛けた安田真奈さんに、撮影を通して知ったマグロの魅力について伺いました。

(近大卒業証書付きマグロ)

1960年代にマグロの漁獲量が頭打ちになったことで、完全養殖の実現に向けての研究がスタート

――マグロといえば日本人が最も好きな魚というイメージですが、そもそもなぜ近畿大学水産研究所はマグロの完全養殖に挑むことになったのですか?

「まず『完全養殖』とは、人工ふ化した仔魚を親魚にまで育てて採卵し、さらに人工ふ化させて次の世代を生み出す技術です。

最初の魚は自然界から取る必要がありますが、それ以降は天然資源を取らずに済むわけです。2014年以降は、人工稚魚の大量生産によって、養殖マグロの種が安定供給されるようになりました。

それと併せてクロマグロの資源保護への関心も高まり、養殖マグロが一般消費者にも認知されてきました。なぜ近畿大学がこの研究を始めたかというと、1960年代にマグロの漁獲量が頭打ちとなり、供給の危機が迫ったのです。

『世界有数のマグロ消費大国で、マグロが食べられなくなったら大変』ということで、1970年に水産庁の主導で、複数の機関がクロマグロの完全養殖の研究を開始しました。和歌山県にある近畿大学水産研究所も、参加機関の一つでした。

しかしどの機関も成果が上がらず、3年の研究期間が終わると続々と撤退していきました。その中で近畿大学だけが、諦めずに研究を継続したのです」

(近大マグロの養殖を描いたスペシャルドラマ『TUNAガール』の監督・脚本を手掛けた安田真奈さん)

研究開始当初は、採卵してからいけすに放つまで生きられたマグロはわずか0.01%

――諦めずに研究を継続した結果、完全養殖に成功したのは実に32年後の2002年とのことですが、マグロの完全養殖はそんなに難しいのですか?

「クロマグロは、大きなものでは3メートル、重さ500キログラムにもなりますが、あの巨体からは予想もつかないほど繊細で育てづらいのです。卵は直径わずか1ミリメートル。

人工ふ化してからも、水面に浮かんでしまうと死んでしまうし、沈んでも死にます。さらには衝突して死んだり共食いで死んだりと、とにかく死亡率が高いのです。例えばマダイの場合は、採卵から小割いけすに放つまでの生存率が60%くらいですが、クロマグロはたったの5%です。研究開始当初は0.01%だったそうです」

32年間の研究期間中、11年間は卵すら採れず、先の見えない日々だった

――映画を撮影するに当たって知った、近畿大学水産研究所の苦労について教えてください。

「クロマグロの産卵期は初夏限定なので、卵が採れなかったり仔魚が全滅したりすると、研究は翌年まで持ち越しになってしまうのです。

完全養殖成功までに32年かかっていますが、うち11年間は、卵すら採れなかったそうです。魚を養殖して販売し、その売り上げで研究費も賄っていたので、『マダイやヒラメを育てて売りながら、マグロ研究に費やす』という、先行きの見えない不安な日々だったそうです。

希少なクロマグロの約8割を日本人が消費しているので、なんとか完全養殖を実現させよう!と諦めなかったのだな……と感慨深かったです」

(「近畿大学水産研究所 銀座店」の人気メニュー「近大マグロと選抜鮮魚のお造り盛り」)