◆アメリカからの凱旋序曲として

 記憶に新しい2022年の米アカデミー賞(第94回)の授賞式を思い出してほしい。濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』(2021年)に出演した俳優のひとりとして、岡田は映画界の世界的な祭典に出席した。授賞式に現れた岡田の美しさがすぐに話題になり、SNSでアメリカ中に拡散され、賞賛された。彼の美しさが、海を越えて世界共通のものになった瞬間だった。

 岡田は、同作で威風たっぷりに主演を張った西島秀俊よりも注目を集めた。授賞式の会場で大きな爪痕を残し、話題をさらったことを仮に差し引いたとしても、本編中あれだけの怪演を見せた岡田が助演男優賞にノミネートすらされなかったことが、もうほんとうに不本意というか、不思議で仕方なかった。

 それでもう一度、ドラマの冒頭に戻ってみる。シカゴの病院で確かな成果を積んだ歩が日本に帰国する。それが現実の岡田がハリウッドから凱旋したこととピタリと符号する。本作は、岡田が帰国後初のドラマ放送だ。アカデミー賞出席以前以後では、そりゃ印象はがらっと変わる。そんな凱旋序曲として冒頭場面は演出されているというわけだ。

◆絶妙な配分とあんばい

 シカゴから帰国した歩が、自然豊かな田舎道をバスで走っていると、前の席の老夫婦が騒がしく絡んでくる。こんな田舎に何をしにきたのか、それはデートなのか、それとも自分探しなのかと、まぁうるさく呑気に一方的な質問をする。すると夫婦の夫のほうが苦しそうにして倒れ込む。先ほどの質問ですっかり調子を崩された歩は、どうしていいのか分からない。バスを急停車した運転手が、医者はいないか聞いてもすぐに反応しない。

 そこへ飛び出したのが、近くの席で意味ありげに座っていた九鬼静(中井貴一)。九鬼は歩のことを指してこの人は医者だと説明する。歩は調子を取り戻してすぐに応急処置を施そうとするのだが、トイレが我慢出来ないと言って九鬼は外に飛び出していく。その拍子に老夫は詰まらせていた甘栗を吐き出す。

 日本に舞台が変わり、中井貴一が登場すると、こうも簡単にいきなりコメディだ。九鬼がドラマの緩衝剤となって、冒頭の忙しなさからこの先はちょっと肩の力を抜いてドラマを楽しめるという、絶妙な配分とあんばい。一件落着。車内にいる乗客全員に向かって歩は、「医者じゃありません。トラベルナースです」と言う。