◆会場に響く嗚咽に異変を感じ取る
親族一同が棺の周りに詰め寄って、最後のお別れをしていると後ろの方ですすり泣く声が聞こえたのです。
「こういう場ですし、泣いているだけだったら誰も気にはしません。でも、やがてすすり泣きの声は大きくなり、次第に嗚咽へと変化していって…」
もちろん、故人との最後のお別れの場。関係が深ければ深いほど冷静ではいられません。ただ、嗚咽があまりにも激しくなり、睦美さんを始めとした親戚一同もとうてい無視できるものではなくなり、ちらりとそちらの方を見ました。
◆嗚咽し涙を流す女性は何者?
「その声の主は、私の知らない女性でした。私よりは少々歳が上のようでしたが、叔父よりははるかに歳下の女性でした」
その女性は泣きながら棺に近づいてきます。激しく取り乱し、涙がぽろぽろと棺の上に落ちていきました。
叔母が「あのう、どちらさまですか?」と尋ねました。
叔母の声が耳に入らないのか、それとも聞こえていて無視をしているのか、叔母の声掛けには一切反応せず、嗚咽の勢いは増すばかりです。女性は叔父の安らかに眠る顔に視線をあわせたまま外しません。
「なんと叔母も、親戚の誰も、その女性のことを知らなかったのです」
周囲が困惑からざわつきながらも、時間となり、棺は炉の中へゆっくりとスライドしていき、参列者一同が合掌します。炉が閉まった後に顔を上げ、再び辺りを見回すと、その時には既にその女性の姿はどこにもありませんでした。