92年には、チェッカーズも解散を迎えた。彼らの解散理由とはなんなのか?
「ずっと、フミヤさんがメインを張っているじゃないですか。だから、どこかで『休憩したい』という思いはあったと思います。ご結婚もされたし。(メンバー間の不仲で楽屋が殺伐になったことは)ない、まったく。だから、フミヤさんと高杢(禎彦)君が仲が悪いから解散したっていうのはまったくないです」(鶴久)
かなりデリケートな話題に踏み込んでいて驚いた。そして、鶴久はファンの夢を守る回答を選んだようだ。ただ、10代からの仲間だったフミヤを「フミヤさん」と呼ぶ鶴久の話しぶりから、一抹の寂しさを感じたのは事実だ。
92年12月28日、チェッカーズの解散コンサートが日本武道館で行われた。
「武道館に全国からチェッカーズが好きな子が集まって、入れなかったファン7~8000人が外にいたんです。『全部、(武道館の)窓開けろ!』って言って、生音を全部外に聴かせて、外の子も全員合唱しました」(鶴久)
2015年11月、代々木第一体育館でデビュー20周年ライブを開催したV6がコンサート中に会場の扉を開放、外にいるファンに会場内の音を聴こえやすくするという配慮を行ったことがあったが、先駆けること23年前にチェッカーズも同じことをしていたのだ。
チェッカーズの解散時、中学生だった筆者は当時のことをしっかり覚えている。まず、活動期間わずか10年で解散したという事実が嘘みたいだった。このときのフミヤの年齢は30歳。国鉄への就職を経てデビューした彼だけに、たった10年の活動だがすでに大人になっていたのだ。
あれから30年経ち、チェッカーズのメンバーも今や還暦である。時間なんて、本当にあっという間だ。