コロナ禍による一斉休校など生活環境の変化により、大きなストレスを抱える子どもが増えています。文部科学省によると、2020年に自殺した小中高生の数は、統計の残る1980年以降最多の499人となっています。

小学生
※イメージです
 また自殺者が置かれていた状況として「家庭不和」がもっとも多かったようです。「コロナで在宅の時間が増え、家庭での息苦しさが増したのではないか」との報道もありました。

 学校や家庭に居心地の悪さを感じている子どもが増えているいま、彼らが安心して過ごせる場所はどのようにして作れるのでしょうか。

 今回は長野県の映画館・上田映劇を拠点に、学校に行きにくい・行かない子どもたちへ“居場所”を提供している「うえだ子どもシネマクラブ」の運営を行うNPO法人アイダオ・直井恵さんに、家庭や学校などとは隔離された“心地のよい第3の居場所”を築くことの重要性について話を聞きました。

◆子どもからも「気が楽になる」との声

©上田映劇
©上田映劇
──2020年から取り組みがスタートした「うえだ子どもシネマクラブ」では月に2回よりすぐりの映画を子どもたちへ向けて無料上映するなどの活動が行われていますが、上映会のない平日も映画の話をしたり、お茶を飲んだりできる場所を上田映劇内で子どもたちに提供する取り組みを行なっているんですよね。

そうですね。活動を進めていくうち、上映会がある日以外にすることがないという声が子どもたちから上がったことから、平日も映画館のスペースを提供するようになりました。

また、もちろんすべての子どもが映画に関心があるわけではないので、そういった子は劇場内のカフェスペースで過ごしています。他の子どもたちや映画館のお客さんにお茶を提供したりしてもらいながら、コミュニケーションの練習をしたり、社会とつながるきっかけを持つ場にもなっています。

──学校に行くことができなくても、映画館には行ける子どもも多いのですね。

はい。心の健康状態から大学を休学中の子は「映画館では誰からも特別扱いされない、指導もされない。“ただそこに居る”ということができる、気が楽になる場所」と話していましたが、そういった居場所を求めている子どもは多いと思います。

また、スクールソーシャルワーカーが家庭訪問をしても部屋から出てきてくれなかった子どもに「うえだ子どもシネマクラブ」のチラシを渡し続けていると、ある日「この映画を観てみたい」と言って上映会に参加するようになり、その後、保健室登校へと繋がったこともありました。

◆映画館に行くことが「登校」とみなされるケースも

©上田映劇
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──なるほど、外に出るきっかけになったんですね。

引きこもりの子どもがいる各家庭や学校だと、「その子をどうやって社会の場に出すか」が大きな課題になっていて、親御さんも先生方も強い焦りを感じていることが多いのですが、子ども自身が何かに興味を持つことで、外へ出る大きなきっかけになることもあるんですね。

そして「うえだ子どもシネマクラブ」に参加している子どものなかには、映画館に行くことが「登校」とみなされる「映画館登校」を許可されている子もいます。日本では2017年から、不登校の子どもに学校外での多様な学びの場を提供することを目的とする「教育機会確保法」が施行されています。

それにより、認可されたところであれば学校以外の場所でも生徒が単位を取得することができるようになりました。現状ではいろいろな意見もあり議論が取り交わされているところではありますが、私たちは「学校以外の場所も教育の場になり得る」と考え、「映画館登校」を支援しています。「映画館登校」の子どもたちを受け入れるにあたっては、私たちスタッフが担任の先生と定期的に面談をして様子をお伝えしたり、来ている日数などを報告するなど、学校と状況を把握し合いながら進めています。

今では5人ほど映画館登校が認められた生徒がいます。その一人は、小学校高学年くらいから学校に行きづらさを感じ自宅で過ごしていたのですが、スクールソーシャルワーカーに紹介された「うえだ子どもシネマクラブ」を通じて映画が好きになり、今では「映画館はとても安心できる場所です」と言って通っています。

◆大人にも「何者でもない自分でいられる場所」は必要

©上田映劇
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──先ほど「映画館では誰からも特別扱いされない、指導もされない。ただそこに居るということができる、気が楽になる場所」というお話もありましたが、“生徒”や“子ども”そして“保護者”などの役割から離れられる場所を、誰しもが必要としているのかもしれませんね。

そう思います。学校に行きづらいといった悩みを抱えた子どもたちが、上田映劇にいらっしゃるお客さんとなんでもないお話をする中で気持ちに変化が現れていくといった光景を目にすると、何者でもない自分でいられる場所の重要性について改めて気づかされます。子どもにとっても、先生や親、支援者が相手だとしづらい話もあるようで、知らない人と話す中で今まで誰にも言ってこなかったことがポロッと出てきたりして、結果的に問題解決に繋がっていったケースはすごく多いですね。

また「何者でもない自分でいられる場所」は、大人も必要とするものだと思います。「うえだ子どもシネマクラブ」上映会には保護者の方も多くいらっしゃるのですが、そのほとんどがお母さんです。そんななか印象的なのは、映画を観ることで解放されていくお母さんたちの姿ですね。

引きこもりや学校へ行けない子どもの家庭は、特にお母さんが苦しんでいるパターンがほとんどで、お母さんが解放されると子どもたちも安心したりいきいきしていくように思います。そういった意味でも、「うえだ子どもシネマクラブ」という名前ではありつつ、保護者の存在も重要視しながら活動しています。

◆女性のための格安の宿泊施設も近隣にオープン

──家庭に安心できる居場所がないという声は、特に女性から多く上がっています。男女共同参画局によると、コロナ禍ではDV(配偶者暴力)や交際者などによる性犯罪・性暴力に関する相談件数が増加傾向にあるそうです。

そうなんです。生活困難者の支援を行う長野県のNPO団体「場作りネット」にも、特にコロナ禍以降、困りごとを抱えた女性の数が増えたことで、生活相談や自殺対策のホットライン窓口への問い合わせが急増しました。

そういった状況下で「窓口だけでなく、実際に逃げこめる場所が必要なのではないか」という声が上がったことで、2020年12月に女性が1泊500円で宿泊できるゲストハウス「やどかりハウス」が、上田映劇からすぐ近くの場所にオープンしました。こちらのゲストハウスは、劇場、イベントスペース、カフェ、ゲストハウスを備えた上田市の民間文化施設「犀の角」を活用し運営されています。

DVや家族関係で辛い思いをしている女性や若者の利用が多いのですが、安心できる宿がほしい人やひとりになりたい人が、“気軽に家出ができる”ような宿泊施設となっています。そこには相談員も随時待機しているので、それぞれの必要に応じて支援機関へ繋ぐ取り組みも行なっています。

「うえだ子どもシネマクラブ」の子どもたちにとっての映画館、また「やどかりハウス」のように、それぞれが日常から離れて気楽になることができるような場所の選択肢が、今後全国にもっと開かれていくといいですね。

<取材・文/菅原史稀>