ラシク・インタビューvol.81
onakasuita(おなかすいた)株式会社・株式会社mannaka (まんなか)代表取締役 柴田 雄平さん
2つの飲食店の運営と食にまつわる企画・マーケティングを行うonakasuita株式会社と、「日常と食のコト」でくらしを楽しくするライフスタイルマガジン「ケノコト」を運営し、マーケティング・ケータリング事業を行う株式会社mannaka。この2つの会社の代表取締役を務めるのが柴田雄平さん。
「個」を中心に据える会社運営をする理由には、妹と二人暮らしをした中学時代からの経験や、海外で見てきた「家族を大切にするライフスタイル」がありました。
全員在宅勤務、月10万の経費枠 家族との時間を大切にする会社の理由
柴田さん(以下、敬称略。柴田):こんな声ですみません。最近講演が続いてまして・・・・声の調子が・・・・。
編集部:どんな講演が多いのですか?
柴田:うちの会社ってね、20人ほどスタッフがいるのですが、全員在宅なんですよ。月給の他に経費枠が10万ほどあって、カフェでの打ち合わせはもちろん、仕事をする際もその経費を使えるんです。まあ、通常の会社っぽくないということで、働き方のジャンルでの講演が最近は多いですね。
編集部:10万の経費枠はなかなかすごいですね!柴田さんは飲食店を経営しながら、ライフスタイルマガジン「ケノコト」を運営するなど、仕事がかなり多岐にわたっていますよね。そして会社としては、onakasuita(おなかすいた)株式会社と株式会社mannaka(まんなか)という2社の代表でいらっしゃるんですよね。
柴田:まず作ったのがonakasuita株式会社という会社で、ここで飲食店2店舗を運営し、食にまつわる企画・開発・マーケティングを始めたんです。次第に、ウェブやソーシャル系の業務が多くなってきたんですよね。それなら、外注でなく中で全てを作ろうと、マーケティング専門会社として株式会社mannnakaを作ったんです。
編集部:どちらも特徴的な会社名ですよね。
柴田:一日一回は言う言葉を社名にしようと思ったんです。また「おなかすいた」というのは、現状に満足していなくて、現状を良くしたいというハングリー精神がある言葉ですよね。
編集部:そして社名だけではなく、全員が在宅と働き方もとても特徴的なようですね。結婚されている方が多いとの事ですが、社員さんはどのくらいいらっしゃるのですか?
柴田:現在は社員が8人で、業務委託が12名ほどですね。普通の会社は組織のビジョンがあって、個人が会社に勤めるという形だと思うのですが、うちはまず個人のビジョンが先にあるのです。個人としてやりたいことがあって、うちの会社でできることを個人のビジョンやスキルに合わせていく形なんですね。
新しいことも新規事業として会社でやれるので、お金の面でも時間的なリスクもだいぶ減ると思うのです。実はこれから子どもを産むスタッフで、「保育園をやりたい」というスタッフもいるんですよ。
編集部:やりたいことはどんな業種でもいいんでしょうか?
柴田:はい、なんでもいいです。アロマキャンドル教室をやりたい人もいるし、経営だけやりたいという人もいる。選択肢の幅を個人に渡してあげて、必要なスキルをうちで磨いて欲しいんです。一人一人がお金を作れる力をつけてあげたいんですよね。
編集部:経費枠が10万円あるというのは、柴田さんのそんな想いからきているのでしょうね。
柴田:だいたい働く日にちが20日だとして、一日5000円までと考えると一ヶ月10万なんですよね。オフィスがないということはどこに行っても働ける環境があるということで、通勤時間やオフィスの賃料をみんなの給料に還元したいんですよ。給料の他に経費枠があると、給料を使わなくてもいい日があるわけですよね。そういう働き方をしたい人たちがうちに来てくれていますね。出せるギリギリの範囲まで出していますね。
編集部:ライフワークバランスは皆さんかなり整っている感じですね。ママだけではなくパパも自由な働き方ができると、かなりフレキシビリティは高まると思います。
柴田:そうですね、家族との時間をすごく大事にして欲しいと思っているんです。子どもの成長ってあっという間じゃないですか。今、うちにも2歳の子がいるんですけど、小学校までの間だけでも近くで見てあげたいと思うんですよ。保育園に入れなかったスタッフもいますしね。
実は、取引がある会社さんのほとんどが子連れでの打ち合わせOKなんですよ。僕自身も子連れでよく打ち合わせに行っていますね。
「家族一緒にご飯を食べ、家族のために仕事をする会社を作る」という決意
編集部:もともと料理人をされていらっしゃったと思うのですが、経営者になろうと思ったのはいつ頃なんでしょうか?
柴田:経営者には19歳くらいの頃からなろうと思っていました。バックパックで海外に行っていた時に、フリーランスの人にすごく会ったんですよ。「どうやって生きているの?」という話をした時に「家族のために、仕事をしている」「遊ぶため」という人が多かったんですね。
僕、親父が自営業で経営者だったんですけど、家にほとんどいなくて・・・・。両親が離婚したこともあり、親とメシを食うということがほとんどなかったんですよ。一方で、海外で出会った人たちは、ほぼ家族一緒にご飯を食べているんです。子どもが小学校に行くまで家にいて、お昼に自分のご飯を食べに戻って来て、また子どもが帰ってくる頃に家にいるということが不思議で仕方なかったんです。すごい世の中があるんだなあと。日本ってこういうことあまりないんじゃないかと思ったんです。だからこそ、こういうことがやれる会社を作ろうと思ったのが最初なんです。
実は、調理師の専門学校を出た後に、日本でフレンチの高級レストランに勤めたんですけど、半年くらいで辞めたんですね。高級レストランすぎて、友達が呼べないんですよ。当時ビストロとかもなくて、ワインと言えば高いイメージだった。でも、海外では日常的にワインを飲んでいるわけですよね。だから、普通の家をひたすら周りたいと思って、海外に行ったんです。
編集部:日常を知りたくて、「家をひたすら周りたかった」というのも「日常」を大切にする今の仕事にすごく通じているなあと思うのですが、「食」に興味を持ったのはそのそもなぜなのでしょうか?
柴田:中学校の時に両親が離婚したんですね。その頃、父親がすごく忙しくって、僕と妹でほぼ二人暮らしだったんです。お金は振り込まれるので、最初はデリバリーで乗り切ったのですが、当時、そばかピザくらいしかなかったので、一ヶ月経つと飽きてくるんです。妹と相談してカレーを作ったのですが、それがまずかったんですよ・・・。鍋の底を回すということも知らなかったんです。これは料理をきちんとやらないと!と思いました。そこから、5年ほど、自分と妹のお弁当と朝・夜ご飯を作って来ました。やらざるを得なかったんですよね。
大変なことも多かったですけどね。今でも妹とはすごく仲がいいです。
編集部:当時から両立生活をされていたわけですね。