◆「自分や自分の身近な人もこうなるかもしれない」という恐怖
『フォビア』は、恐怖症に蝕まれていく人々の心理を描いたサイコホラー漫画です。
「高所」「隙間」「孤独」など、日常的にふと怖いと感じるものがテーマとなっているため、読後に「自分や自分の身近な人もこうなるかもしれない」という底知れぬ恐怖が付き纏(まと)います。
現在発売中の『フォビア』2巻に収録されている恐怖症は、他人の要求をなんでも受け入れる友人に執着される「拒絶」、作り笑顔の裏側の表情が見えてしまう女性を描いた「笑顔」、同じマンションに住む上司に生活を取り込まれていく「孤独」、身長にコンプレックスを持つ男性が主人公の「長身」、整形にハマる娘とその姿を見守る父親の悲哀を描く「醜形」の5つ。
◆「笑顔」の最大の怖さは「他人事じゃない切実な狂気」
特にオススメなのは、第7話「笑顔」。家族のために感情を抑えてきた主人公の母親が、笑顔の裏側を見せた時の見開きは圧巻。最後に見せる裏表のない微笑みにすら、ゾッとさせられます。この作品の最大の怖さは「他人事じゃない切実な狂気」であると言えます。
しかし、友人・末良のおかげで救いのあるラストを迎え、この作品内では珍しく希望の持てるお話に仕上がっています。末良の裏の顔で爆笑した読者も多いはず。(ちなみに、筆者は1巻収録の「高所」のIT系社長が、明らかに某有名人に似せて描かれているのも、かなりツボでした)
◆タッグを組んだ全くタイプの違う2人の漫画家
また、『フォビア』の大きな特徴は、全くタイプの違う2人の漫画家がタッグを組んだ異色の作品であるという点です。
原作を担当するのは、『るみちゃんの事象』『ハラストレーション』で知られるギャグ漫画家・原玄克。自由な発想で描かれるシュールなギャグや独特の下ネタで人気を博し、『るみちゃんの事象』はドラマにもなりました。
ストーリー漫画の原作は、今作が初。オムニバスのギャグ漫画で培った高度な構成力やテンポの良い会話で、読者を引き込んでいきます。
そして、作画を担当するのは気鋭の漫画家ゴトウユキコ。ベストセラーエッセイ『夫のちんぽが入らない』のコミカライズを担当し、原作にはない新たなラストシーンを描いて話題となりました。
痛みや苦しみを、生々しく切実に表現する彼女の作風が、恐怖症に囚われていく人々の描写とうまくマッチングしています。
また、注目していただきたいのは、ゴトウユキコが描く女体のエロさ。絶望的な展開と扇情的なベッドシーンの対比によって、死や狂気への恐怖をより効果的に引き立てています。
◆他人事とは思えない身近な狂気や悲しみ
独特の世界観で読者を翻弄する原と、濡れ場の名手・ゴトウ。『フォビア』では、2人の鬼才がそれぞれの持ち味を活かしながら、新境地を切り開いています。
他人事とは思えない身近な狂気や悲しみを描く『フォビア』。読んだ後、自分の中にある恐怖心の芽に気づくかもしれません。
©原克玄・ゴトウユキコ『フォビア』/ビッグコミックスペリオール
<文/藍川じゅん>
【藍川じゅん】
80年生。フリーライター。ハンドルネームは永田王。著作に『女の性欲解消日記』(eロマンス新書)など。