Yさんには、医師という専門家ならではの見落としがありました。専門家だからこそ、「その業界では普通でも一般的になじみがないこと」には気づきにくいものです。
たとえば、試訳の登場人物のセリフにあった、「看護師をコールしたほうがいい」という表現です。「看護師を呼ぶ」「ナースコールをする」なら一般的ですが、「看護師をコールする」は使わないと思うのです。これが医師や医療関係者のセリフならいいのですが、患者の家族側のセリフでしたので、違和感がありました。
こういうことは日常に溶け込んでしまっているだけに気づきにくいので、一般読者を対象にした本の場合は、自分の業界とは無関係な人に試訳を読んでもらうのがいいでしょう。思いもよらない指摘があるはずです。
Yさんには専門家ならではの見落としがある一方で、逆に、専門家ならではの知見を活かしきれていないところもありました。「原文にはこう書いてあって、字義通り捉えるとこうだけど、要はこれを著者は言いたいんだよね」というのが、Yさんにはしっかり把握できていました。それなのに、「字義通り捉えるとこう」というところで翻訳を抑えてしまっていたのです。
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