平均寿命200歳の人類、脳型コンピューターを搭載したロボット……5年前、ソフトバンクグループ <9984> の法人向けイベント「SoftBank World 2013」で孫正義氏は新30年ビジョンの策定にあたって構想した「300年後の未来」について熱く語った。まるでSF映画を想わせる大胆な仮説に筆者も胸を躍らせたものだ。

孫氏の言葉で特に印象的だったのは「デジタル・オア・ダイ」である。300年後の未来像をベースに「30年後」を想定すると、コンピュータチップ数は人間の脳の10万倍、スマートフォンのメモリ容量は100万倍、通信速度は300万倍が当たり前になる。すなわち、これから「30年後」を見据えると「企業はデジタル化するか、それとも自らもう先がない状態に追い込まれるか」「デジタル化しなければ企業は世界に挑戦できない」という見立てである。

あれから5年、株式市場では孫氏の未来予測の「序章」とも言える現象が起こり始めている。5月28日、製紙業界2位の日本製紙 <3863> が生産能力を大幅削減する大規模なリストラを発表したのだ。翌29日の株価は8.7%安の1882円と年初来安値を更新した。時を同じくして、メガバンクも店舗の統廃合、ATMの削減を打ち出した。フィンテックが広く浸透する中で人々のライフスタイルが変わり、店舗やATMのニーズが大幅に減少しているためだ。製紙業界や金融業界に限らず、株式市場では今後「デジタル・オア・ダイ」の二極分化が一段と加速する可能性が高まっている。

30年前「想像できなかったこと」がいま起きている

30年ほど前、筆者が自宅の電話機(固定電話)で長話をすると両親にひどく怒られたものだ。電話機は居間にあり、親に聞き耳を立てられるため友人との楽しい会話や恋人と色っぽい話をするのはまず不可能だった。このストレス、いまの若い人には到底理解できないだろう。したがって、当時の筆者が友人や恋人に電話をするときは深夜の公衆電話からかけることが多く、テレフォンカードは必需品だった。

ちなみに、当時の音楽といえばカセットテープをウォークマンで聴いていたものであるが、その後MD (ミニディスク)やCD(コンパクトディスク)といった新商品に駆逐されている。ビデオはVHSかベータで録画して観ていたが、現在はビデオそのものを見かけることがなくなった。運動会やスキーの写真はカムコーダーでミニデジタルカセットに録ったものだが、それもいまや遥か昔の思い出の品だ。30年後の現在、こういった商品がほとんど消えているとはとても想像もできなかった。そう考えると前述の孫氏による未来予測はむしろ現実味があるように感じられる。すなわち、現在私たちの身の回りに「当たり前」のように存在する商品が、30年後には消滅している可能性もないとは言えないのだ。

たとえば「紙」がそうである。実質的に無限大となるストレージと無限大のクラウド、超高速ネットワークにAI(人工知能)が加わることで、私たちのライフスタイルを取り巻く環境は今後も劇的に「進化」する可能性が高い。30年後に紙の新聞、雑誌、本などが存続していることはほぼ100%ありえないのではないか。実際、孫氏が指摘する「デジタル・オア・ダイ」の見立てに沿って、ソフトバンクは社内でのプリントアウト、紙禁止を決定。契約書や役所への提出書類以外はペーパーレスを推進しているという。