十年前に、とある事件がきっかけで高校を去った臨時の英語教師の女性と、そのとき教室にいた生徒たち。彼らの十年間の挫折、喪失、そして再生を描いた青春漫画『あなたに聴かせたい歌があるんだ』が3月24日に発売されました。刊行を記念して、原作の燃え殻さんと漫画を担当したおかざき真里さんの対談が実現! 前編では誕生秘話についてお聞きしました。
原作の燃え殻さん(左)と作画のおかざき真里さん(右)
作り手が自分の世界観で遊べる状況を築きたい
――今回の作品は、5月に配信されるHuluオリジナルドラマのために燃え殻さんが書きおろした原作を、ドラマ化に先駆けておかざきさんが漫画化したものです。このタッグが実現したいきさつからお聞かせいただけますか?
『あなたに聴かせたい歌があるんだ』(扶桑社)
燃え殻:いきさつはまず、うちの妹が僕より先におかざきさんの作品をずっと好きで、昔からトイレに漫画を置いていて、それで僕も好きになって……。
おかざき:だいぶ遡りますね。ていうか、トイレ(笑)。
燃え殻:す、すみません。初めてお会いしたのがいつだったか今となってはおぼろげなんですけど、「いつかお仕事をご一緒できたら」と探りながら、たまにお会いして飲む、という関係が何年か続いていたんです。
おかざき:実はそんなに飲んでないんですけどね。ツイッターで頻繁に交流しているから、たくさんお会いしているような気持ちになりがちですけど。
燃え殻:そうか。SNSではよくやりとりさせていただいていて(笑)。
おかざき:そうそう。
燃え殻:ひとつの作品が多くのメディアで展開していくときって、たとえば小説が原作だったら、まず原作となる小説があって、それをもとに漫画化やドラマ化、映画化されていくじゃないですか。こんなことを言うと原作者として失格かもしれないですけど、それじゃつまらないなというのが自分の中にずっとあったんです。その逆バージョンというか、僕がまず原案となる素材を提供して、それを自由にアレンジして漫画家さんが漫画化して、映像を制作する皆さんが映像化して、その後に僕が改めて小説にする、という流れが作れたらおもしろいなあと。それで、今回『あなたに聴かせたい歌があるんだ』の脚本ができたときに、これを漫画化したいなと思ってまず思い浮かんだ作家さんがおかざきさんでした。
「燃え殻さんの原作を読むと、映像が浮かぶ」
おかざき:燃え殻さんは「素材」とおっしゃっていますが、私が受け取った時には既に完成度が高い作品になっていました。しかも、原作を読んでいると次々に映像が浮かんできたんです。だから、「この原作からは自由にアレンジしてほしい」という気持ちは受け取りつつ、違う登場人物を出すとか、大きく組み立て直すことはせず、最初に浮かんだイメージに忠実に漫画にしました。そういう作り方をしたら自分はどうなるんだろう?というのも楽しみだったので。
燃え殻:週刊SPA!での連載を経て単行本化したんですが、連載中は自分もイチ読者になって、「おぉ、こうなるのか」と楽しみました。正直、つらい仕事も日々たくさんあるんですけど……今回は本当に良かったなと思える仕事でした。単行化にあたって、改めて漫画のゲラを仕事場で通しで読んで、すぐにLINEしたんです。
おかざき:朝早い時間に連絡がきて、珍しいなと思いました(笑)。
燃え殻:「おかざきさん、おはようございます。いま全部読み返したんですけど感動しました。おかざきさんと一緒にお仕事が出来て光栄でした」と。よく、「お金じゃない」とかいうじゃないですか。僕は結構リアリストなので、「なんでこんなにお金が儲からないんだ」と思ってしまうこともあるんですけど、今回この作品が1冊になるのが本当に嬉しくて、「お金じゃない」としみじみ思いました。
――おかざきさんはご自身の作品と燃え殻さんの小説は相性がいいとおっしゃっていましたが、どんなところに相性の良さを感じたのでしょう?
おかざき:それは、燃え殻さんがもともと映像畑(テレビ番組の美術制作会社)の人で、私自身は前職が映像に関わる仕事(広告代理店のCM制作)で、二人とも作品が映像的だからなんじゃないかと思います。燃え殻さんの読者には、映画やMV、もしかしたらYoutubeなんかも好きな、映像で育った方が多いイメージがあるので、私の漫画も楽しんでいただけるのではないかと思っています。そうそう、実は燃え殻さんとは25年ぐらい前に、今とは違う立場で出会っているんですよね。私が会社員で、燃え殻さんがスタジオマンで。
燃え殻:スタジオマンっていうと響きがいいんですけど、雑務係で。
おかざき:バイトされていたんですよね。私がよく行っていたスタジオで。
燃え殻:そうです。時給780円で(笑)。