他者から見た「自分」も意識させたい
――「目」ですか。
黒沢:やっぱり赤ん坊から育てて向き合ってきましたので、その子その子の「クセ」があるんですよ。ウソをついたり、ごまかそうとしているときって。私も子どもの頃、親に対して同じようなことをしてきたので、そうそう簡単にはだまされないぞ、と(笑)。
ほかにも部活動や友だちづきあいのなかで、他人と丁寧に向き合えることが人として大事なのではないかと思うし、そういった部分について逐一、言えるのは親なのかなって。高校に入るとだいぶ開放感を抱いたと思いますが(笑)、時々、生活が乱れてないか、遅刻はしてないかといった声かけはします。自分自身を持つことも大事ですけど、他者から見た「自分」も意識させるようには心がけていますね。
子役時代、父から言われた「バカヤロウ」
――コロナ禍が続きますが、今の社会に息苦しさを感じることはありますか。
黒沢:私自身が「人は人、自分は自分」「みんな違っていい」という家庭環境で生まれ育ってきたこともあり、コロナ前とコロナ後で生き方や考え方に関してあまり大きな差はないかもしれません。もし「苦しい」と感じるのであれば、まず自分のなかに責任があるのではないかと考えるタイプなので、本当に「苦しい」にたどり着くまでは時間がかかるでしょうね。
――我慢強いんですね。
黒沢:根っこの方で「人に頼りたくない」「弱さを見せたくない」という気持ちが強いんだと思います。子役時代、自分の思うような演技ができなくて涙がでた、という話を父にしたところ、「バカヤロウ! 泣いて帰ってきたのか。子どもとはいえ、お金をもらって仕事をしてきているんだぞ。やるべきことをやってこなきゃダメだ」と怒鳴られたんです。
父の言葉で物分かりのいい“大人”になった
――それは厳しい教えですね。
黒沢:私は「そうか、大変だったな」という言葉を期待していたので、かなり強烈でした。でも、大人になって父に尋ねたら「この世界でちゃんと一本立ちして稼ぐことのできる人間になってほしかった。悩んだけど、あすかなら受け止めてくれると思った」と言われたんです。
そのとき、子どもから“大人”になったというか、妙に物わかりが良くなって「あぁ、こういうことを言う人なんだ」と思った反面、今もどこかで父の言葉が正しいと思っている自分もいます。