「関門“ノスタルジック”海峡~時の停車場、近代化の記憶~」が日本遺産に登録されたのは、平成29年(2017年)4月のことです。大小さまざまな船が行き交う関門海峡。その異国情緒あふれる景観の中、関門地域には今も、日本が近代国家建設へ向けて躍動した時代のレトロな建造物群が残されています。渡船や海底トンネルを使って両岸を巡れば、そこで出合うことができるのは、映画のワンシーンのようなノスタルジックな街並み。まるで時が停止したかのような、不思議な感覚を味わうことができるでしょう。日本遺産の観光案内人が皆様を素敵な旅へとご案内します。日本遺産の観光案内人が皆様を素敵な旅へとご案内します。
関門地域の国際的な重要性を逸早く見出した駐日英国公使アーネスト・サトウの提案により、明治34年(1901年)、下関に英国領事館が開設され、その5年後には煉瓦造の下関英国領事館が建てられます。これをきっかけに、明治後期から大正にかけて日本銀行をはじめとする金融、三菱や三井などの商社、鈴木商店の資本による食品工場群などの拠点が続々と関門海峡沿いに開設され、重厚な構造かつ当時最先端の意匠をもった近代建築が林立する街並みが形成されていきました。日本遺産へ登録された建築物を時代背景とともに、路線バスを使いながら案内していきます。
引用元:関門"ノスタルジック"海峡~時の停車場、近代化の記憶~
モデルコース(所要時間:2時間~4時間)
下関駅 →路線バス15分→ 前田バス停 →徒歩5分→ 長州藩下関前田台場跡 →徒歩5分→ 前田バス停 →路線バス6分→ 赤間神宮 →徒歩7分→ 春帆楼 →徒歩10分→ 旧宮崎商館 →徒歩2分→ 田中絹代ぶんか館 →徒歩5分→ 旧秋田商会ビル・下関南部町郵便局庁舎 →徒歩2分→ 旧下関英国領事館 →徒歩1分→ 関門ビル
モデルコースをめぐる際は、サンデン交通のバスチケットが便利です
下関駅の振鈴
明治時代後期に、列車の発車を知らせるために使われていた大型ハンドベル。現存する実際に使用されていた手振りの振鈴は下関駅のものだけと言われ、JR西日本の登録鉄道文化財に指定されました。平成18(2006)年の下関駅火災で焼失したと思われていましたが、数日後に発見されて下関駅復興のシンボルに。今では振鈴のレプリカが、駅2階の東西連絡通路に飾られています。
長州藩下関前田台場跡
幕末期、沿岸部に数十カ所の台場を設置していた長州藩。前田台場跡は、下関戦争と呼ばれる幕末の諸外国との戦闘で、最も激しい戦場になった台場の一つです。特徴は「低台場」と増築された「高台場」の2つで構成されている点。発掘調査の結果、出土した遺構と占領時のイギリス軍による測量図が一致し、地下には今も遺構が保存されています。発掘調査の成果や占拠された台場の写真を基に、当時の前田台場を体感できるVRを作成。スマートフォンでVR体験ができます。
赤間神宮
源平壇ノ浦の戦いに敗れた平家とともに入水された安徳天皇が祀られている神宮。白壁に朱塗りの水天門のほか、境内には怪談で有名な耳なし芳一を祀る芳一堂、平家一門の墓があります。夜は22時までライトアップされています。
割烹旅館 春帆楼
昭和天皇、皇后両陛下をはじめ、政府の要人たちも足を運んだと言われる由緒ある宿です。春帆楼と命名したのは、懇意にしていた初代内閣総理大臣の伊藤博文。明治21(1888)年にはふぐ料理公許第一号となりました。特筆すべきは、明治28(1895)年、日清講和会議の舞台になったこと。春帆楼の2階大広間で繰り返し会議が開かれ、同年4月17日、日清講和条約(下関条約)が締結されました。
旧宮崎商館
石炭輸出業の商館として明治40(1907)年に建設。戦後は生命保険会社や化粧品会社の事務所を経て、昭和40年代からは長年美容室として使われていました。平成20(2008)年に改修工事が行われ、現在は2階の一部に下関市出身の女優・木暮実千代の資料を展示し、第一土曜日の午後1時~4時のみ開放しています。旧下関英国領事館とよく似た赤い煉瓦と白い石材を組み合わせたファサード、2階の5連アーチなどが特徴です。
田中絹代ぶんか館(下関市立近代先人顕彰館・旧逓信省下関郵便局電話課庁舎)
電話需要の増加に応え、逓信省が全国の主要都市に建設した局舎の一つ。大正13(1924)年から昭和41(1966)年まで電話局舎として使用され、昭和44(1969)年に下関市の所有になりました。歴史的建造物に見られる柱頭飾りがなく、フルーティング(縦方向の溝彫り)がある列柱に、建築様式の推移が伺えます。現在は、田中絹代をはじめ、下関にゆかりある文化人を顕彰する施設として公開されています。
下関南部町郵便局庁舎(旧赤間関郵便電信局)
明治33(1900)年に竣工した煉瓦造2階建て。日本に現存する最古の現役郵便局舎です。設計者の三橋四郎は、東京駅の設計で有名な辰野金吾を師とする第二世代の建築家。日本人による本格的なルネサンス様式の庁舎としても注目されました。建物は完全に左右対称のコの字型で、1階にアーチ窓、2階に上部に三角形のペディメントがある窓が整然と並び、端正な様式美を映し出しています。
旧秋田商会ビル
明治38(1905)年、秋田寅之介が設立した秋田商会は、日清・日露戦争時に飛躍を遂げた総合商社。旧秋田商会ビルは、大正4(1915)年に社屋兼住居として建てられた、国内最初期の鉄筋コンクリート造事務所建築です。1階は洋風建築で、2・3階は書院造を取り入れた和風建築。屋上には、茶室のような離れと樹木を配した庭園があります。時代を先取りした当時最新の設備や意匠などにご注目ください。
関門ビル(旧関門汽船株式会社)
昭和6(1931)年、関門汽船株式会社が事務所として建設したビル。鉄筋コンクリート造で、歴史的なデザインは影を潜めたアール・デコの建物です。2つの道路に面しており、建物の角を切り落としたような隅切りの構造が特徴。関門ビルが立地する唐戸交差点には、明治、大正、昭和初期の建物が立ち並び、エリア全体が近代建築の博物館のようだとも言われます。
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