見て見ぬふりをしてきた「夫の不倫」を思い出す
結婚して15年、今では夫の夜の誘いも断っている忍だが、かつてはもちろん「ときめいた」から結婚したのだ。25歳の忍が結婚したとき、夫は37歳。
千秋に夫とのことを聞かれ、初デートでビリー・ジョエルの『ハートにファイア』(原題:We Didn’t Start the Fire)をかっこよく上手に歌ってくれたと忍は言う。この歌がリリースされたのは’89年。40年分のアメリカの歴史をひたすら羅列して、オレたちが火をつけたわけじゃない、だけどもう我慢できないと歌ったこの作品、当時は大きな話題になった。30数年前だ。当時、10代後半だった夫の心にはピタリときた曲だったのかもしれない。千秋は「ダサい」と笑うが、あたかも恋敵に挑戦するかのように「今度、僕がもっとうまく歌う」と宣言する。若い彼の目的は何なのか。
そして忍は、ふと思い出す。息子が生まれて間もないころ、夫が浮気をしたことを。思い出したわけではないのだ、そのことはずっと彼女の心の奥に鉛のように沈んでいただけ。見て見ぬふりをし、自分で蓋をしてきただけ。
“シジュウカラ”の女は軽々しくも愚かでもない
千秋をアシスタントにして、読み切り新作を仕上げた夜、ふたりは「打ち上げ」と称して夫と忍が出会ったダイニングバーへ出かける。その日は忍の40歳の誕生日でもあった。家にはパソコンもタブレットもないと言っていた千秋が、パソコンを使って自身の漫画をSNSにアップしていると知り、忍は不信感を覚える。
だが千秋はテーブルの下で足を絡めようとしたり、雨の中、顔を近づけてきたりと挑発を繰り返す。挑発に心揺れながら、両足で踏ん張っているような表情を見せる山口紗弥加の演技がすごい。若く美しい男とはいえ、だてに15年も家庭を守ってきたわけではない。“シジュウカラ”の女はそんなに軽々しくも愚かでもないのだとその表情が物語る。
ちらほらと浮かび上がる忍の人生、千秋の人生。その長さは違っても、ふたりとも心に秘めた過去がある。おそらく誰にでもあるはずだ、思い出したくない過去、だがそれを乗り越えないと新たな未来がやってこないことを誰もが知ってもいる。
『シジュウカラ』、まだまだわからないところが多い初回だったが、今後、いろいろなことが明らかになり、展開していくのだろう。大人の女性が、第二の人生に向かってどう歩んでいくのか興味深い。
<文/亀山早苗> 亀山早苗 フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。Twitter:@viofatalevio
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