食と生活は切っても切れないもの。でも、家での食事を作るのが面倒、億劫……と憂鬱に感じる方もいるのでは。少し考え方を変えて、もう少し気楽に料理と向き合ってみませんか。がんばりすぎなくてもいいんです。作家・ジャーナリストの佐々木俊尚さんに、「料理で伝える」をテーマに寄稿いただきました。

 先日、元ピチカート・ファイヴのボーカリスト野宮真貴さんとトークする機会がありました。ファッションアイコンとしても知られる彼女との対話で、いちばん印象に残ったのは次の言葉。

 「おしゃれもコミュニケーションの道具で、会った人に愛情を伝えることのできるものなんですよ」

 独善的になりすぎず、かといって他人の目を意識しすぎず、気持ちよさみたいなものを会った相手に伝えるファッション。野宮さんの近著『おしゃれはほどほどでいい』(幻冬舎)にも、「おしゃれは相手への気遣いや、もてなしであり相手に想いを伝えることでもあります」と書かれています。

 これって、食卓にも言えることじゃないかーー私はそう感じました。「食べられればなんでもいい」というわけじゃないし、かといって家族や恋人への義務感から料理を作るのは楽しくない。自分も楽しめて、それが食卓を囲んだ相手にも喜んでもらえるような、そういう食事の場がいちばん心地よいはず。

 だから無理をしないのが大事です。

■熱い料理は作らない。気楽なドイツ流ディナー「冷たい食事」

 そもそも、日本の家庭料理はハードルが高すぎます。たくさんの献立を用意しなければならない、熱々を並べないといけない、といった強迫観念が強いのです。もっと気楽に考えてもいいんじゃないでしょうか。

 ドイツに行くと「カルテスエッセン」という夕食の習慣があります。これは「冷たい食事」という意味で、英語だとコールドミール。仕事を終えて疲れて帰ってきてるんだから、面倒な熱い料理は作らずに、ハムやチーズ、パンなど皿に並べればいいだけの食事で気楽に楽しみましょうよ、という考え方なのです。

美味しくて楽しい「手抜き料理」のススメ【佐々木俊尚】
(画像=「冷たい夕食」
市販のハム、チーズ、種抜きオリーブ、ドライトマト。これを並べるだけで満足感のある軽い夕食に。朝買ったパンは固くなっていたので、さっと焼いた。
(撮影:佐々木俊尚さん)、『DRESS』より引用)

 日本でもカルテスエッセンみたいな家庭の食が普及すればいいのに、と思います。特に、これから春から夏にかけての季節にはぴったりでは。さすがにコンビニの弁当やお握りじゃ寂しいですから、ジャムやバター、ピクルス、ナッツなども用意して、みんなでそれぞれ好きなものを取って塗ったり挟んだりしながら、ゆっくりワインを楽しむ。たまには成城石井あたりで美味しいチーズや生ハムを奮発するのもいいかもしれません。

美味しくて楽しい「手抜き料理」のススメ【佐々木俊尚】
(画像=「BLTサンドイッチ」
ベーコンをさっと焼いて、レタスとトマトと一緒にパンに挟むだけ。塩だけのシンプルな味付けにすると、意外とお酒にも合います。
(撮影:佐々木俊尚さん)、『DRESS』より引用)

 しばらく前にベストセラーになった料理研究家・土井善晴さんの書籍『一汁一菜でよいという提案』(グラフィック社)は、日本版カルテスエッセンと言えるかもしれません。ご飯と汁物という伝統的な日本の家庭料理に回帰することで、美味しさと気楽さを同時に実現しようということなのです。

美味しくて楽しい「手抜き料理」のススメ【佐々木俊尚】
(画像=「焼肉の付け合せサラダ」
面倒なときは、テーブルにホットプレートを出してすぐ食べられる焼肉。付け合せは、焼肉と同じ味になっちゃう焼き野菜じゃなくて、ぜひ簡単なサラダでさっぱりと。プチトマトときゅうりを切って出すだけでも、豪華な感じになる。トマトには塩と黒胡椒、キュウリにはマヨネーズ。
(撮影:佐々木俊尚さん)、『DRESS』より引用)

■食材や料理が語る“物語”を楽しむ食卓に

 気楽さとともに、もうひとつ家庭の食に大事なのは、物語。

 いくら美味しいものがテーブルに並んでいても、会話がなくては食事は楽しめません。でもずっと一緒に暮らしてる家族だと、新しい話題もあまりなかったりしますよね。そこで私がやっているのは、食材や料理たち自身に「物語を語らせる」ということ。

 私は茨城県の久松農園という農業法人から定期的に野菜を届けてもらっています。旬の野菜でいっぱいの箱には、いつもA4の紙が2枚入っています。それぞれの野菜の説明と美味しそうなレシピ、そして農園で働いている人たちの楽しいコラム。こういう生産者のお話は、食卓の物語にはぴったりです。

美味しくて楽しい「手抜き料理」のススメ【佐々木俊尚】
(画像=「ミサキキャベツの塩もみ」
頭が尖っていてタケノコみたいな形のミサキキャベツは、久松農園から届いたもの。肉厚でとても柔らかく、塩もみだけでも主菜になるほど。みんなで食べはじめてから、おもむろに残っている丸ごとキャベツを冷蔵庫から取り出して見せてあげると、みんな驚いて会話が弾みます。
(撮影:佐々木俊尚さん)、『DRESS』より引用)

 物語を語るのは、野菜や肉などの生鮮でなくてもいい。最近は日本のいたるところで缶詰や瓶詰め、お漬物、おつまみ、乾物などさまざまな美味しい食べ物が作られ、インターネットで気軽に買えるようになりました。オイシックスなどのネット直販サービスを見にいけば、たくさん揃っています。

美味しくて楽しい「手抜き料理」のススメ【佐々木俊尚】
(画像=「カーボネーロのパスタ」
手に入りにくいカーボネーロ(黒キャベツ)。イタリアンレストランなどで使われる食材だけど、久松農園の野菜セットにはときどき入ってくる。刻んでにんにく、鷹の爪とオリーブ油で炒め、水を加えてくたくたどころか、糊状になるぐらいに煮込んでしまう。味付けは塩だけなのに、びっくりするくらいに深い味。「野菜って奥深いねえ」と皆で楽しみましょう。
(撮影:佐々木俊尚さん)、『DRESS』より引用)

 こういうのを注文して、1品だけ日ごろの食卓に忍ばせる。「えっ、この変わったおつまみは何?」と聞かれたら、「それは実はね……」と付け焼き刃で仕入れた情報を披露すると、それだけで会話は盛り上がります。

 「ちゃんと料理をしなければ」「美味しいものを作る自信がない」と難しく考えてしまうと、料理は楽しくなくなるし、食卓も沈んだ気分の場所になってしまいます。だから気軽に手を抜いてしまえるような気楽さが大事だし、自分が手を抜いた分は、食材や料理に物語をお話ししてもらいましょう。それだけで家庭の食卓は、ずっと楽しくなると思いますよ。

 わたしは家族にいちばん大事なのは、テーブルを一緒にすることだと思っています。趣味なんて合わなくても全然かまわない。映画の好みが違っているのなら、別々に映画館に観にいけばいいし、音楽の好みが違うのなら、それぞれ静かにひとりでヘッドフォンで好きなアーティストを聴けばいいんです。

 でも食事だけは別。やっぱり一緒に美味しいものを食べて、コミュニケーションをとるということが、夫婦や親子など家族のつながりを維持するためには最高のツールになると思うんですよね。

Text/佐々木俊尚
作家・ジャーナリスト。ITから政治、経済、社会まで、幅広い分野で発言。近年は東京、軽井沢、福井の三拠点で、ミニマリストとしての暮らしを実践。近著に『そして、暮らしは共同体になる。』(アノニマ・スタジオ)など著書多数。料理好きでも知られ、『いつもの献立がごちそうになる! 新・家めしスタイル』(マガジンハウス)など料理本も刊行。


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