朝鮮王朝発祥の地で1200年以上もの歴史を持つ全羅北道(チョルラブット)・全州(チョンジュ)市。伝統家屋が立ち並ぶことで知られる市内中心部から約15kmの位置に、全州の伝統酒を醸す酒造メーカー「全州梨薑酒(イガンジュ)」の本社工場がある。

梨薑酒は朝鮮時代中期から、全羅道と黄海道(ファンヘド、朝鮮半島北部に位置する地域)で造られてきた名酒のひとつだ。原料に梨とショウガ(薑)を多く使用していることから、梨薑酒と名づけられた。

梨薑酒に関する記載は、いくつかの文献で見ることができる。朝鮮時代後期の歳時風習を記録した「京都雑志」では上流階級の人々が嗜む高級酒として登場。

韓国の伝統酒 第1回梨薑酒(イガンジュ)
(画像=『韓国旅行コネスト』より)

「東国歳時記」では、冬至(トンジ)から105日目に当たる韓国4大名節のひとつ寒食(ハンシッ)の祭事用の酒として多く用いられたと伝えられている。

また、1946年に作家で文化活動家の崔南善(チェ・ナムソン)が朝鮮に関する常識をまとめた「朝鮮常識問答」では、甘紅露(カモンロ)、竹瀝膏(チュンニョッコ)とともに、朝鮮三大名酒として記されている。

さらに朝鮮時代末期、韓米通商条約締結時には国家代表酒としてテーブルにあがったという記録が残っており、梨薑酒は昔から高級酒として扱われてきたことがうかがえる。

梨薑酒を醸す名人・趙鼎衡

韓国の伝統酒 第1回梨薑酒(イガンジュ)
(画像=『韓国旅行コネスト』より)
韓国の伝統酒 第1回梨薑酒(イガンジュ)
(画像=『韓国旅行コネスト』より)

「全州梨薑酒」の会長である趙鼎衡(チョ・ジョンヒョン)氏の先祖は代々、郡知事を務めてきた家系だという。家には多くの門客が仕えており、彼らが家で嗜む酒や客人用に用意する酒として、梨薑酒を造ることが家風の1つであった。

趙鼎衡氏は全北(チョンブッ)大学農学部で発酵学を専攻。大学を卒業後、酒類メーカーに就職。25年間の勤務を経た後、家庭で作っていた梨薑酒を体系化しようと全州梨薑酒の製造・研究をするにいたったという。 大韓民国食品名人の認定証 大韓民国食品名人の認定証 趙鼎衡氏は梨薑酒の商品化にむけ、韓国津々浦々を訪問し、伝統酒に関する文献資料を収集したり、代々家庭で醸されている酒の造り方を訪ねてまわった。集めた情報を基に200種類以上もの酒を醸造・研究し、試行錯誤を重ねた。その結果、1987年には梨薑酒が全北地方無形文化財6号の指定を受けるまでとなった。

3年後の1990年には製造免許を取得して梨薑酒の商品化に成功、「全州梨薑酒」という会社としてスタートを切った。また趙鼎衡氏自身は、1995年に大韓民国食品名人第9号の認定を受け、現在では伝統酒産業振興研究所の会長も務めている。

地域特産品としての伝統酒・梨薑酒

韓国の伝統酒 第1回梨薑酒(イガンジュ)
(画像=『韓国旅行コネスト』より)

梨薑酒は全州で醸された焼酎に、梨、ショウガ、ウコン、桂皮を漬け込み、最後にハチミツで味を調えたリキュール。

昔から全州の隣に位置する完州郡(ワンジュグン)伊西面(イソミョン)では梨を、完州郡鳳東邑(ポンドンウッ)ではショウガを栽培。特に鳳東邑は土が黄土色で粘質があるため、ショウガの栽培に最適な土地として知られている。

またかつて全州では王室の献上品として宮廷の管理下でウコンを栽培。伝統酒において、初めてウコンを使用している全州ならではの酒とも言える。 梨薑酒は梨の爽やかな甘み、ショウガの辛味、桂皮のスパイシーで独特な香りを感じることができる酒。二日酔い解消によいとされるウコンの成分も含まれるため、すっきりと飲めると評判だ。

また2007年から開催されている韓国全国酒品評会のリキュール部門において、梨薑酒は2010年2011年と2年連続で大賞を受賞し、名実ともに韓国を代表する伝統酒となった。

「全州梨薑酒」の製品は全国の大手百貨店ならびに全州市内の一部飲食店にしか直接卸していない。「広く多くの人に飲んでもらうことも大切だが、先祖代々醸造してきた、梨薑酒の質とブランドを維持するため、しっかりと管理された下で販売していくことも重要」と趙鼎衡氏は語る。

韓国の伝統酒 第1回梨薑酒(イガンジュ)
(画像=『韓国旅行コネスト』より)

梨薑酒は、コクがあり薫り高い風味であるため、国内だけではなく海外でも人気の酒だ。日本、中国、アメリカなど、海外にも積極的に輸出、今後はヨーロッパ・EU各国への輸出の拡大を目指し、最近ではオランダへの輸出も決まった。

また新たな商品開発として、ヨーロッパでよく飲まれているグラッパ(ブドウの搾りかすを発酵・蒸留させて造る酒)を参考に、トックリイチゴで造る韓国の酒・覆盆子(ポップンジャ)酒を利用したグラッパの製造研究も進めているという。

手間と時間をかけて醸される酒

梨薑酒の製造工程

韓国の伝統酒 第1回梨薑酒(イガンジュ)
(画像=1.焼酎の基となる米麹、『韓国旅行コネスト』より引用)
韓国の伝統酒 第1回梨薑酒(イガンジュ)
(画像=2.麹に水を加えて発酵させる、『韓国旅行コネスト』より引用)
韓国の伝統酒 第1回梨薑酒(イガンジュ)
(画像=4.梨薑酒の甘みを担う梨、『韓国旅行コネスト』より引用)
韓国の伝統酒 第1回梨薑酒(イガンジュ)
(画像=5.ショウガは布に包んで漬け込む、『韓国旅行コネスト』より引用)
韓国の伝統酒 第1回梨薑酒(イガンジュ)
(画像=6.成分を抽出する漬込みタンク、『韓国旅行コネスト』より引用)

梨薑酒造りはまずベースとなる焼酎造りから始まる。米で造った麹に小麦を加えて発酵させた後、水を加えて7~8日間さらに発酵させる。その後、蒸留機内の圧力を下げて蒸留を行なう、減圧蒸留という方法で焼酎を蒸留する。圧力を下げることで沸点が62~63度に下がり、アクがなくクリアで薫り高い焼酎を蒸留することができる。

こうして造られた焼酎に梨、ショウガ、ウコン、桂皮を漬け込む。それぞれ単品で漬け込んだり、何種類かの材料を一緒にして漬け込んでいろいろな風味の酒を造り、後にブレンドする際に一定の味を造りだせるようにしている。6ヶ月以上かけてゆっくりと材料の成分を抽出。

材料を取り出した後、専用のタンクでさらに1年以上熟成させる。じっくりと熟成させることで、酒の味が丸みを帯び、口当たりがやわらかくなるという。

梨薑酒の瓶詰めは1つ1つ手詰めで行われる。容器の洗浄、瓶詰め、封栓、ラベル貼りを3人の女性が担当。いずれも20年以上の経歴をもつ地元全州の人だ。

韓国の伝統酒 第1回梨薑酒(イガンジュ)
(画像=『韓国旅行コネスト』より引用)

旧正月や秋夕(チュソク)など名節(ミョンジョル)の頃には、梨薑酒を贈り物とする人が多く、注文が殺到。多いときには1日1,000本以上を瓶詰めするという。

長期間、手間隙かけて造られる梨薑酒。商品ラインナップは、家庭で楽しめるリーズナブルな価格帯のものから、贈答用として使える陶器製のものまで幅広くそろっている。

珍しい酒器が見られる古川博物館

事前予約制

韓国の伝統酒 第1回梨薑酒(イガンジュ)
(画像=『韓国旅行コネスト』より引用)

「全州梨薑酒 本社工場」から車で30分ほどのところにある、完州郡所陽面(ソヤンミョン)明徳里(ミョンドッリ)には第2工場がある。第2工場は2002年に竣工、覆盆子酒などの果実酒をメインに製造している。

また、酒の醸造に関する道具および関連資料などを展示した古川(コチョン)博物館を併設。趙鼎衡氏が20年以上をかけて収集した約1,400点の資料や道具を展示。朝鮮時代に使用していた米を蒸す釜や蒸留器である土古里(トコリ)、百済から高麗時代に使用していた馬上杯など珍しく貴重なものも保存され、見学や試飲などもできる。 電話番号:063-212-5765(要予約、日本語不可) 営業時間:9:00~18:00 休業日:土・日・韓国の祝日、旧正月・秋夕の連休 入場料:無料

韓国の伝統酒 第1回梨薑酒(イガンジュ)
(画像=『韓国旅行コネスト』より引用)
韓国の伝統酒 第1回梨薑酒(イガンジュ)
(画像=『韓国旅行コネスト』より引用)
韓国の伝統酒 第1回梨薑酒(イガンジュ)
(画像=『韓国旅行コネスト』より引用)

食の都・全州で味わう梨薑酒

梨薑酒のふるさと全州は韓国の食の都とも呼ばれており、食事がおいしいと評判。また、約700余軒の韓国伝統家屋が集落を成す全州韓屋村(チョンジュハノッマウル)や慶基殿(キョンギジョン)をはじめとする史跡なども多く、観光にオススメの地方だ。

ソウルからはKTXで約2時間10分、高速バスで約2時間50分と、日帰りでも気軽に訪れることが可能。

梨薑酒は、全州韓屋村内にある全州伝統酒博物館で販売しており、取扱店については観光案内所で訪ねてみるのもよいだろう。昔ながらの伝統の味を守りながら醸す梨薑酒を味わいに、ぜひ一度、全州を訪れていただきたい。

韓国の伝統酒 第1回梨薑酒(イガンジュ)
(画像=『韓国旅行コネスト』より引用)

提供・韓国旅行コネスト

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