コロナ禍で在宅時間が増え、DVやモラハラの問題に対する関心が高まっている。そんななか、妻から“モラハラ”を理由に離婚を迫られている男性に話を聞くことができた。モラハラ(モラルハラスメント)とは、言動や態度で相手に精神的な苦痛を与えるDV(ドメスティックバイオレンス)の一種。ただ、彼のケースはいわゆる「モラハラ問題」とは一線を画すものだった。
“モラハラ夫”の衝撃の生い立ち
東大卒のフリーランス編集者、小林徹さん(仮名/36歳)は、別居中の妻・初美さん(仮名/36歳)から離婚裁判を起こされている。二人の間に子供はいない。離婚を希望しているのは初美さん。その理由は「夫に“モラハラ”を働かれた」から。しかし小林さんは、離婚に応じる気はないという。
最初にそう聞いて、戸惑った。妻にDVを働いた夫の弁解に協力するルポなど、書きたくはない。ボツにする可能性を頭の片隅に置きながら、半ば諦めの気持ちで話を聞き始めた。
「僕と初美の関係を理解していただくには、僕の生い立ちからお話ししたほうがいいと思います。ちょっと長くなるんですが、いいですか?」
小林さんは、北陸のY県に生まれた。兄弟は8つ離れた兄と、3つ下でダウン症の弟。
「僕が10歳のとき、父親が家を出ていきました。母からは単身赴任だと聞かされていたのですが、父はいっこうに帰ってこない。母にいくら聞いてもはぐらかされました」
小学校の卒業式の日、真相が判明する。
「学区の公立中学へ普通に進学すると思っていたので、同級生と中学の制服を買いに行きたいと母に言いました。すると母は、引っ越すからお前は皆と同じ学校には行けない、と。しかも、母は父とは2年前に離婚しており、自分は再婚まで済ませてあると告げられました」
驚き、混乱する小林さん。大好きだった父親とまた一緒に暮らしたい、引っ越したくないと母親に抗議すると、叩かれた。小林さんはトイレに籠城。すると、ドアの外から恐ろしい脅迫が飛んできた。
「『お前のせいで離婚したんだ!』『一緒に引っ越さなかったら、お前を警察に突き出す。一生牢屋だぞ!』って。まだ子供だったので信じました。ただもう、恐怖でしたね」
「父親の浮気で離婚」はウソだった
小林さんの母親は、離婚の理由を「父親の浮気」と子供たちに説明していたが、小林さんが本当の理由を知ったのは、それから15年後のこと。自力で父親を探し出し、直接聞いたという。
「母は地元旧家の出、いわゆる“いいとこの家系”だったのですが、父は母の親戚一同から『ダウン症の子が生まれたのはお前のせいだ』と、ずっと責められていたそうです。父はそれで肩身が狭くなり、別れざるをえなくなったと僕に謝罪しました。実はうちの兄も、地元で結婚寸前に、兄弟にダウン症がいるからという理由で婚約を破棄されています。そういう地域なんです」
ただもう、ひどい。
「父を一番責めていたのは、母方の祖母です。祖母は親族の中でもっとも権力が強くて、実の娘である母も、祖母には言い返せませんでした。しかも僕ら一家は、祖母が所有する土地に住まわせてもらっていたので、その点でも強く出られない。一軒家が2つ並んで建っていて、一軒に祖母、もう一軒に僕たち家族が暮らしていました」
小林さんの母親の結婚生活は、総じて幸福ではなかった。