「女には射精がないから、終わりがない、ずっと続く」「絶頂に達したからすべて満たされるものではない」「正体が見えないぶん、男よりも厄介で、どうしようもない性欲」。そう語るのは『花祀り』『女の庭』などの代表作で知られる作家の花房観音さん。性と向き合い続けてきた作家が今改めて考える、女性の性欲とは――。

私は気持ちの悪い女だ。

そう思われることが多かったし、自分でも自分のことが気持ち悪かった。昔は性への興味が強いことで、今は小説家として性的なことを書いて、たまに気持ち悪がられる。

その「気持ち悪い」には、どこか恐れが混じっていることも知っている。本来、隠すべきこと恥ずべきこと、世の中でなかったことにされているものを剥き出しにしているからだ。

私が書いているのは、女の欲望だ。美化されない、醜い、それこそ「気持ち悪い」かもしれない欲望。深く、底なしの、欲望。美しい女だけではなく、美しくない女たちも強く深い欲望を持つ。女は男に求められるがままに応えるだけ――かつてはそう思っていたけれど、今は違う。

女には射精がないから、終わりがない、ずっと続くのだ。絶頂に達したからすべて満たされるものではない。身体だけじゃなく、心が飢えて、欲しくて欲しくてどうしようもなくなる――それが女だ。

正体が見えないぶん、男よりも厄介で、どうしようもない性欲だ。底の見えぬ暗い井戸を眺めているようなもので、得体が知れない深さだ。

閉経が近づき、未だに性に執着し書き続けている我が身を顧みてそう思う。私を破滅し、罪を犯させ、罰を与えられたのは、この深い欲望のせいだ。

■「性欲を持つ私」が気持ち悪かった

若い頃は、そんな自分は異常だから、恋人を作ることも結婚もできないだろうと信じていた。男が同じことを書いても、言っても、ここまで気持ち悪がられないのに。

インターネットなんてない時代、車がないと移動できない地方の町で、保守的で真面目な家で生まれ育った私にとって、セックスは「結婚相手とするもの」だった。そのくせ図書館で日本文学を読み、ときおり匂わされる男女の淫靡な関係に心を奪われていた。

地元を出て大学に入学して、周りの友人たちは次々に彼氏を作り、セックスを体験していった。彼女たちの体験談を聞く度に、違和感があった。いつも彼女たちの語る話は常に、「彼にどうしてもって求められて」という、受け身によるものだったからだ。

今なら、自分に欲望があるということを知られたくない、欲望を持つことは恥ずかしいという思い込みがあるから、「私はそんなつもりじゃなかったけれど仕方がなく」と受け身のふりをしていた人もいたんだろうとわかるけれど、当時の私は、やはりセックスは男に求められ女が提供するものなのだという印象を受けていた。

その度に、私は私が気持ち悪かった。私は彼氏もおらず処女だったけれど、性欲ははっきりあった。セックスがしたかった。けれど容姿に自信がなく劣等感の塊で、同世代の男たちにとって「対象外」だったから、「求められて与える」彼女たちに引け目を感じていたのだ。

美しい女が性欲を持ち、それを口にすると、ある種ポルノコンテンツになり男たちに喜ばれるが、醜い女が同じことをしても「気持ち悪い」と言われる。それは小説家になってからつくづく身に沁みた。

■処女喪失の後、すべてを失った

女なのに、しかも醜い女のくせにセックスがしたいなんて気持ちが悪い――。

劣等感を増幅させていた私は24歳のときに、自分に初めて興味を持ってくれた22歳上の男相手に処女を喪失した。

恋愛感情ではなく、興味に過ぎないのはわかっていた。男には他に本命の婚約者がいたから。

それでもかまわなかった。

私のような気持ちの悪い女は、一生、他の男には相手にされないと信じていたから。
だから「仕事で損失を作り、金が必要なんだ」と金銭を要求する男のために、消費者金融三社をまわり60万円を用意して、ようやく「セックスをしてもらった」。

「私のことに興味を持ってくれるのはこの人しかいない」

そんな私の卑屈さに男はつけ込み、それ以降、何度も「必ず返すから」と金を要求され、私はその度に消費者金融に足を運ぶ。ときには自死もちらつかされたり、私が男に泣いて懇願した電話のテープを盾に脅された。

今思い返すと、本当にバカで愚かだとしか言いようがないが、それでも私は男にすがっていた。そのうち利息で借金は膨れ上がり数百万になり、家賃も滞納し、職場に電話がかかってくるようになり、実家にも連絡が来て、私は仕事も京都での住まいも失い、地元に戻った。

■性欲を持つのは罪じゃない、と悟った

まったく金を返してもらえないどころか、嘘を吐かれ、罵倒され、否定され続け、私は言葉が口から出なくなったり、原因不明の症状で何度も倒れた。私は男を憎んだし、殺意さえ抱いていた。

男から離れても、どうせ私に未来などないからと自暴自棄だったが、皮肉なことに嫌いだった場所に戻ることにより、そんな荒れた生活は終わる。

私は自分を責め続けた。私は私の性欲で破滅した。

仕事も失い、家族にも迷惑をかけ、友達も失った。

こんな結末を迎えたのは、あんな男につけこまれた私の性欲と劣等感のせいだ。気持ち悪いどころじゃない、私の性欲は罪だ。だから罰を与えられたのだ――そう思っていた。

田舎に戻ってから工場等で働いていた。その頃、ちょうどインターネットが浸透して私は尊敬するライターのすすめからmixiで文章を綴り始めた。今まで恥ずかしい過去だからと誰にも話せなかった、男と借金の話も書いた。

文章にして客観的になって初めて罪悪感が薄れた。匿名の世界だからこそか「私も……」と似たような経験を告白してくれる人が現れた。

書く場をはてなダイアリーに移し、セックスのこと、AVのこと、できるだけ正直に書いていくと、共感してくれる人がさらにたくさん現れた。私だけではなかったのだと救われる気持ちになった。

■「ブスがセックス書くな気持ち悪い」

その後、第一回団鬼六賞大賞という官能小説の賞を受賞して、小説家になった。まさか自分が官能を書けるとは思わなかった。それまで書いたこともなかったし、数冊しか読んだこともなかった。
自分のような男の欲望の対象にならない女に、男の欲望を喚起させるものが書けるわけがないと思い込んでいた。ただ団鬼六という作家が好きだったから初めて書いた官能小説で応募した。

小説家になろうとして、いろんなジャンルの賞に応募して、たまたま団鬼六賞にひっかかったことで、私は「官能」という冠をつけられた。けれど「女流官能作家」と呼ばれることで、私はまた「気持ち悪い」と対峙する。

若くもなく美しくもない私が顔を出してセックスを書いたり、こうして昔の経験を書くことにより、「ブスがセックス書くな気持ち悪い」「死ね」などとネットで罵倒された。
直接会う人たちに、ニヤニヤ嘲笑の笑みを浮かべながら「体験書いてるんですかぁ。妄想でしょ?」と、お前なんかそんな経験ないだろうとばかりに言われたこともある。

またセックスを書くことにより、露骨に嫌悪感を露わにされることもしばしある。私はやはり「気持ち悪い女」のようだ。そこで私は「体験でぇーす」「私はエッチな女です」「体験を書いてます」と、キャラを作り自己演出して売り込むことがどうしてもできなかった。

今はミステリーも時代小説もホラーも書いているのに、やはり「官能」がつきまとうけれど、私は実のところセックスをテーマにしているだけで、男の欲情を喚起させる官能など書いてはいないのだ。

■性の欲望を持つことは、気持ち悪くなんてない

私は来年、48歳になる。

更年期に突入したのを実感するし、おそらくもうすぐ閉経する。

歳を重ねていくうちに性欲がなくなったという話も、むしろ強まったという話も、どちらも耳にする。自分のことを言えば、性欲がなくなったというよりも、形が変わってきたと思っている。

年齢と共に、単純に、したいというのではなく、もっと性の深淵を覗き込みたくなった。ブラックホールのような性の欲望の穴に吸い込まれ落ちていく人間たちの姿を知りたいと。それが今の私の創作意欲だ。かつて私を破滅させ、「気持ち悪い」と思っていた性欲が、私に小説を書かせてくれて、生きる力を与えてくれている。

小説家になって、性を描き続け、今まで何度も女性から手紙やメールをもらった。そこに綴られているのは、私と同じく若くない女性たちの真剣な告白だ。

「誰にも言ったことがないんですけれど」と、善悪では語れない自分の欲望に悩みながらも正直に生きている女性たちが私の小説の感想と共に体験を書いてくれる。

性欲は私の傷だ。一番深い傷だからこそ、私はその傷を癒して赦そうと、男の手に負えないほどの女の性の欲望を描き続けている。傷ではあるけれど、私の欲望は、間違っていない。小説家になってそう思うことができた。誰がなんと言おうが、気持ち悪くない。

欲しいものを欲しいと言える女性は幸福だ。

もしも私がその手助けができたり、背を押せているのならば、小説家になってよかったと思うし、かつてあれだけ苦しみ死にたいと何度も思った過去も、報われた気がする。

Text/花房観音
1971年、兵庫県出身。京都女子大学文学部中退後、旅行会社、映画館など様々な職を経て2010年に第一回団鬼六賞大賞を『花祀り』(幻冬舎文庫)にて受賞。代表作に『女の庭』『好色入道』『指人形』『うかれ女島』『どうしてあんな女に私が』などがある。現在は京都市在住で、京都観光文化検定2級を所持するバスガイドでもあり、『愛欲と情念の京都案内』『おんなの日本史修学旅行』などの京都、日本史に関する著書がある。


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