銀閣寺は京都の東に位置し、正式名称を慈照寺(じしょうじ)と言います。金閣寺と比較されることも多く、金閣寺は派手、銀閣寺は地味と感じている方も多いと思います。確かに派手さはありませんが、日本独得の「わびさび」を感じられる美しい庭や建物があり、どこか心が和みますよ。室町幕府八代将軍、美意識が高かった足利義政の山荘として建てられた銀閣寺。義政が追及した簡素枯淡の世界は、500年以上経た現代でも変わりなく美しい!将軍が愛した美の世界へ出かけてみませんか。
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銀閣寺の歴史
金閣寺を参考に建てられた山荘
銀閣寺は、臨済宗相国寺派に属する禅寺で、室町幕府八代将軍・足利義政によって建てられました。
義政の祖父にあたる三代将軍・足利義光が金閣寺を創建しましたが、この金閣寺を参考にして義政が建てたのが、後に銀閣寺と呼ばれる山荘・東山殿(ひがしやまどの)です。
東山殿から銀閣寺へ
美意識の高かった義政は、生涯をかけて東山殿の造営に力を尽くし、簡素枯淡(かんそこたん)の美を追及した一大山荘を造り上げます。
義政が亡くなった後、東山殿は臨済宗の寺院となり、義政の法号「慈照院」にちなんで「慈照寺」と名づけられたそうです。その 通称が銀閣寺です。
国宝「観音殿」と「東求堂(とうぐどう)」
観音殿
銀閣寺を代表する建物がこの観音殿、通称「銀閣」。1階の心空殿(しんくうでん)は書院風、2階の潮音閣は唐様仏殿様式で造られています。
1階の真空殿には親指サイズの地蔵像が千体置かれているそうで、非公開なので見ることはできませんが、機会があればぜひ見てみたいですね。
東求堂(とうぐどう)
足利義政の持仏堂で、現存する檜皮葺(ひわだぶき)の建造物としては最古の書院造りの建築物です。2部屋からなるこの建物には四畳半の茶室があり、「四畳半茶室」の原型とされているそうです。
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