親に対して「嫌いだ」「合わない」と思ったことはありますか? 親とわかり合えずに傷ついたりしても「嫌っちゃいけない」「血のつながる家族だからわかり合えるはず」と自分を律するあまり、苦しくなってしまう人もいます。長い間父親との関係に悩んできた筆者が、自分の気持ちに折り合いを付けられるようになったきっかけ、経緯とは。

スマートフォンの画面にメールの受信通知が来るとビクッとする。

最近ではSNS経由で連絡が来ることが増えて、スマートフォンのメール機能を使うことはそう多くない。送ってくる人は限られている。

少し構えながらメールボックスを開く。差出人欄にある「父」の文字を見てまたビクッと緊張する。

息を詰めて開いてみればなんてことのない連絡事項で少しほっとする。用心深く返信して、「了解」と返信が来ると、胸をなで下ろす。

ここ10年以上、こんな調子だ。

私は父のことを愛していて、嫌いで、恐れている。

■良好だった親との関係が、病気によって崩れた

私が小さかった頃は、両親との関係は良好だったと思う。長女だったこともあってか、とても可愛がられ、教育熱心だった両親は私がやりたいことをいろいろと経験させてくれた。

親子関係が少しずつ変化したのは、私が病気を患ってからだ。

ひとり暮らしをしていた大学生の頃、自律神経失調症を患った。身体症状のつらさから、二次的に鬱症状も出ていた。

メンタルからくる症状で薬を飲んでいると伝えたとき、実家の両親の戸惑いぶりは半端じゃなかった。元気だった娘が東京でひとり、どうなっていくんだろうと心配で仕方なかったんだろう。

私は投薬治療を受けながら、長期休みには実家で静養させてもらい、両親はそんな娘をやさしく迎えてくれていた。ありがたかった。

しかし、症状が長引くと、父の態度は徐々に変わっていった。

■根性論者からぶつけられる、病気の娘を否定する言葉

もともと「何事も気合い」「気持ちの問題」と根性論的な考え方の父にとって、メンタルの病気は「甘え」だった。自分の娘がメンタルを患うなんて許しがたいことだったようだ。

最初こそ優しかったものの、次第に「気合いが足りない」「甘えているからそんなことになるんだ」と根性論で叱責してくるようになり、しまいには「出来の良い娘だと思ってたのに、こんなふうになるなんて」と私が今でも忘れられない一言を吐くまでになった。

私はなんとか大学を卒業したものの、新卒で入った企業を病気の悪化が原因で辞めてしまった。退職後、久しぶりに会った父は私に、開口一番「おまえは働かずに遊んでたら元気なのか」と言った。

全然元気じゃない。元気なわけない。それでも娘を心配してるであろう親に会うときくらい、少しでも笑顔で会おうとする気持ちが分からないのか、と絶望した。

血のつながっている家族くらい、理解してくれてもいいじゃないか、なぜ必死に戦う娘を傷つけるんだ。父への感情は次第に恐怖に変わった。

■父のことが恐くて、憎い。でも「嫌いだ」と拒絶できない

それならば、父を憎んで心底拒絶してしまえば良かったのかもしれない。でもそれができなかった。

父が病気の私を散々非難する一方で、ときおり「体調はどうなのか」と聞いてきたり、評判の良い病院を知らせてきたりすると、「娘を愛してて、心配するがゆえの厳しい言葉なんだろう」と信じてしまい、どうしても全面的に父を拒絶できなかった。

家族なんだからきっと私の思いも理解してくれるはず、とすがるような思いもあった。

そしてなにより、親を嫌うことに「そんなこと思っちゃいけない」という無意識の心理的抵抗があった。

恐い、憎い、傷つけられたくない、でも愛情はありがたい、受け入れてほしい……そんな親に対するがんじがらめの感情を長年抱えて過ごすことになった。

■わかり合えない家族は、諦めてもいい、嫌いでもいい

親を嫌ってもいい。「家族だからわかり合えるはず」を諦めたら楽になった
(画像=『DRESS』より引用)

その後、私は結婚した。

いま結婚して7年経って、ようやく「血のつながってる親子でも、わからないものはわからない」「親を嫌いだと思ってもいい」と思えてきている。

そう思えるようになったのは、親との心理的距離が遠くなったこともあるが、なにより一緒に暮らす夫や気の置けない友人が、私の闘病の経緯も含めて受け入れてくれるのを感じるからだ。

血もつながってなければ、親より付き合いの短い人たちが理解してくれてるのに、親には理解できない。もうこれは実の家族だからわかり合えるはず、という考えは幻想だな、と割り切れるようになった。

遠くの親戚より近くの他人、というのとはちょっとずれるが、わかり合えない実の家族より、わかり合える後天的つながり、だ。

もうひとつ、自分の同世代の知人で親になる人が増えたことも影響していると思う。

当たり前のことだが、人間は完璧に成熟してから親になるわけではなくて、ほとんどの人が未熟で不完全なまま、ある日親になる。そして、自分なりの正解を探しながら、手探りで子どもと接する。

親は子どもにとっては絶対的な存在だが、ひとりの人間としては長所も短所もあって、考えや行動が矛盾だらけなのが普通だ。

そう実感すると、自分の親もそうして「親」になったが、昔も今も欠点や矛盾だらけの人間なのだから、娘に間違った対応もするだろう、と諦めに近い気持ちで冷静に見られるようになった。

そして私も不完全だ。完全ではない人間同士、合わないとか理解できないとか嫌いだとか思ってしまってもそれは自然だし、罪じゃない。親として子への愛情があるかとか、育ててもらった恩を親に感じるか、とはまた別問題だ。

■「嫌いだ」と認めたうえで親と付き合っていく

割り切れたとはいっても、冒頭で書いたように、父からメールが来るだけでいまだにビクッとするし、会うときは自分が傷つかないように、めいっぱい心をガードして会う。

長年の心の習慣はそうすぐに変えられるものじゃない。

でも少なくとも、わかってほしいのにわかってもらえなくて辛いのに、嫌いになれなくて……とがんじがらめの感情に苦しむことはずいぶん減った。かなり考え方の偏った人を親に持ってしまった、苦手だし嫌いだがどうにか付き合っていこう、そんなところだ。

「親を嫌ってもいい」という気づきは、反抗期らしい反抗期が無かった私にとって、ようやく訪れた親離れだ。


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