演奏に合わせて抑えたトーンのボーカルも、歌い上げたい欲求を我慢すればするほど、アイドル歌謡のサビが盛り上がってくる。ジャズのイディオムで引き算をしてみようとしたところ、逆に強靭(きょうじん)な歌謡曲の骨格があらわになってしまったわけです。
これが中森明菜の意図したものかどうかはともかく、自身の原点をより鮮明に際立たせるアレンジになったのではないかと思います。
紆余曲折(うよきょくせつ)を経て、たどり着いた中森明菜のジャズ。それはかつてのライバルも導き出した解答でした。
◆松田聖子もジャズ。逆に高まる日本っぽさ
2017年以来、松田聖子はジャズアルバムを3作リリース。直近のアルバムでは、自身のヒット曲「赤いスイートピー」を英語でリメイクしています。
こちらはジャズといってもフュージョン、イージーリスニング寄りのサウンドで、参加メンバーには、エリック・クラプトンとの共演でも有名なベーシスト、ネイザン・イーストもいます。そして、このジャズバージョンの「赤いスイートピー」も、中森明菜の“JAZZ”と同じように作用しているのです。
大人びて、洗練されたハーモニーに、歌も楽器もシャレた言い回しを小声でささやくようなフレージングを積み重ねても、松任谷由実のメロディは、決して日本的であることをやめません。日本語の発想で生まれたメロディと英語詞のアクセントが反発しあうことで、余計に日本っぽさの濃度が高まる。
きっとそれは松田聖子の求めたものではなかったはずです。しかしながら、この逃れられないセーフティーネットによって、松田聖子という歌手は歌謡曲に守られていることを示すパフォーマンスでした。
◆明菜と聖子、かつてのライバルがジャズに取り組む
中森明菜と松田聖子。異なるキャリアを歩んできたかつてのライバルが、同じ年にジャズに取り組む奇遇。いつかお互いのヒット曲をジャズアレンジでカバーしあうなんて時が訪れるのでしょうか。