◆父親は昭和の名優同士

『緒形拳からの手紙』(文化出版局)
『緒形拳からの手紙』(文化出版局)
 ここで確認しておきたいのは、『おむすび』で北村有起哉と緒形直人が共演する41年前、それぞれの父たちが映画の世界で共演していた事実だ。北村有起哉の父・北村和夫は、杉村春子の相手役として舞台『欲望という名の電車』でスタンレー役を演じ、1955年に文学座の座員になった。映画界では、今村昌平監督作品の常連でもあった昭和の名優。

 一方、緒形直人の父は、野村芳太郎監督の『鬼畜』(1978年)やカンヌ国際映画祭で最高賞を受賞した今村監督の『楢山節考』(1983年)など、骨太でありながらどこか表層的にもつやっぽい演技を魅力とした緒形拳。昭和の名優同士の共演は、それだけで映画が豊かだった時代を今に伝えてくれる。

 代表的な共演作として筆者が特筆しておきたいのが、五社英雄監督の『陽暉楼』(1983年)だ。舞台は、あでやかな芸妓がいる料亭・陽暉楼。芸妓を斡旋する主人公・太田勝造を緒形拳が、陽暉楼の主人・山岡源八を北村和夫が演じた。

◆ガラス枠にすっぽりおさまる姿が類似

『陽暉楼』DVD/TOEI COMPANY,LTD.(TOE)(D)
『陽暉楼』DVD/TOEI COMPANY,LTD.(TOE)(D)
 山岡の初登場場面が、ふたりの少ない共演場面を印象付ける。勝造は愛人である珠子(浅野温子)の頼みで、陽暉楼の女将・お袖(倍賞美津子)へ売り込みに行く。夕食中のお袖が渋い顔で聞いているところへ、山岡がやってくる。

 勝造と珠子が座る間、部屋戸の外から山岡が中を覗き込む。「よう」と中腰で入ってくる北村和夫の貫禄。世間話程度で、山岡は上手側にある違う戸からでて行く。この場面の北村和夫は、部屋の下手の戸から上手の戸へ単純な動線移動をしただけである。

 にもかかわらず、このシンプルな芝居の動きがやたら印象に残る。共演場面としてはあまりに少ないが、山岡が入ってくるときにガラス枠にすっぽりおさまる姿は、『おむすび』第37回で店内を見つめる北村有起哉と偶然にも類似している。