京都をゆったりと流れる、高瀬川。青々とした木々に沿うように、静かな町並みが続きます。
ここ、清水五条の川岸に、2021年5月にオープンしたのが、今回紹介するレストラン『汽[ki:]』。関西でもまだ珍しい、レバノン料理を堪能できるお店です。
「とにかく健康的で、カジュアルな料理を楽しんでほしいんです」。
柔らかな物腰で迎え入れてくださったのは、オーナーの長野浩丈さん。
もともとフランス料理の世界で活躍されてきた長野さんは、かつてミシュランに選ばれたほどの凄腕シェフ。京都だけでなく、フランスや銀座、北新地などの高級フレンチで、20年以上に渡って経験と実績を重ねてきました。
そんな長野さんが、なぜレバノン料理のお店をオープンするに至ったのでしょうか?疑問と期待を抱きつつ、お店に足を踏み入れました。
テーマは、光と風。自然を感じる、開放的な店内空間
店内は、天窓からの光が優しく降り注ぐ、開放的な空間。長野さんの祖母の家をリノベーションし、完成させたそうです。梁や柱、土間などはそのままに、クールでありながらも温かみのある印象にまとめられています。
「内装のテーマは、光と風。そのどちらもが、気持ちよく通り抜けるように設計しました」。
日中は、基本的には照明をつけないという長野さん。だからこそ、時間によって変化する光の角度や、風の流れを機敏に感じとることができます。
「最初は『ちょっと暗いかな?』と思うお客様でも、帰る頃には『このくらいがちょうど良いね』と言ってくださいます。このくらいの明るさなら何時くらいかなって、そのうち時計を見なくてもわかるようになってきますよ。食事と合わせて、時間の移り変わりを五感で楽しんでいただけたらうれしいですね」。
この日訪問したのは、お昼を少し過ぎてから。傾きつつある日の光を浴びながら、キッチンからの香ばしい香りを感じつつ、ゆったりと料理の到着を待ちました。
一口目から伝わる美味しさ。彩り鮮やかな、ファラフェルのプレート
今回注文したのは、人気メニュー「ファラフェルのプレート」。
そもそもレバノン料理とは、中東に位置するレバノン共和国で食べられている食事のこと。地中海の恵みの中で長い歴史をかけて育まれてきた料理は、豆類や野菜を使ったヘルシーなスタイルが特徴です。
その中でもファラフェルは、丸いコロッケのような見た目の、レバノンの定番料理。『汽[ki:]』のファラフェルには、そら豆やレモンゼスト、フレッシュなハーブがたっぷりと入っています。
一口かじってみると、その触感はサクッ、フワッ。閉じ込められていたおいしさが、口の中にじゅわっと広がります。それでいて、後味はさっぱり爽やか。もう一口、あと一口と、どんどん箸が進みます。
「私たちがこだわっているのは、一口目の『おいしい!』を分かりやすく、大切に調理をすること。すごく良い野菜や食材であっても、きちんと手をかけて調理をすることで、その味や魅力をしっかり伝えられるようにしています」。
綿密な仕込みや時間の計算、提供するときの温度管理など、徹底的にこだわった1皿。
ファラフェルを中心に、賑やかに囲むのは、彩り豊かな副菜たち。ジャスミンライスを使い、玉ねぎやクミンと一緒に炊き上げた、レンズ豆のピラフ。フランボワーズビネガーでマリネした赤キャベツ。エルダーフラワーのシロップを加え、穏やかな香りがつけられた赤玉ねぎ…。
実はお皿に並ぶすべてが、乳製品や動物性の食材を一切使わず、植物性の素材だけで調理されたもの。それぞれが主張し合いつつも、「酸味」というキーワードで統一されているため、調和した1皿としてまとまっています。
野菜の端材を、炭化させて活用。グレーのピタパンに、食材をぎっしり詰めて
さらに、おっと目を引くのが、プレートに添えられたピタパン。
調理過程で廃棄されるニンジンや玉ねぎの皮などを、薪窯を使って炭化させ、生地に練り込むことで、この独特なグレーが生まれているそうです。
「イメージしたのは、日本食におけるお米のような、メインの邪魔をしないもの。あえて味を抑えて、もちっとした生地と香ばしい風味だけで味わっていただけるようにしています」
プレートに並んだ食材を、好きなように、好きなだけ詰めて。おすすめの食べ方は、アイオリソース・ハモスの2種類のソースを均一に塗ること。挟み込む食材を少しずつ変えて、自分だけのベストを探してみたいですね。
ドリンクの種類も、パイナップル・新生姜・カルダモンのコーディアルや、メロン・キュウリ・コリアンダーのシュラブなど、個性的なラインナップが並びます。ナチュール系の白ワインなども、豊富に取り揃えていますよ。
1枚のテーブルを、みんなで囲んで。
さて、これまで料理を楽しんできた、1枚の大きな石造りのテーブル。これこそが、長野さんがレバノン料理にたどり着き、『汽[ki:]』のオープンに至った象徴でもあります。
「例えば、ビーガンの友人を気遣ってレストランを選ぼうとすると、お肉を食べたい人にとっては少し物足りなくなってしまうかもしれません。それに、宗教上の理由やアレルギーなどで、食べられないものがある方も多いと思います。ただ、このレストランの中では、お店に来てくださる方全員が同じテーブルを囲んで、料理を楽しめるようにしたい。私は、そんな場所をつくりたかったんです」。
中でも絶対にやりたかったというのが、モーニング。「朝にみんなで食事をすると、ものすごく1日のパワーになりますからね」と長野さんは笑いました。
これまで長野さんが身を置いてきたのは、1食が数万円もするような、高価なフランス料理の世界。特別な日に行くのはぴったりですが、やはり少しハードルが高いもの。国や信仰、食の意識など、ありとあらゆる課題を飛び越えて、全員に満足してもらえる食事を提供したい。そうやって想いを巡らせるうちに、多様性のあるレバノン料理へと行き着いたそうです。
レバノン料理の楽しさとおいしさを、ここ五条楽園から
そして、長野さんがもうひとつこだわりを見せるのは、食の安全性。料理で使われているメインの野菜は、京都・大原野の自家農園で、長野さんが両親や仲間と協力しつつ、一緒に育て上げたものです。
「私たちが味よりも先に、一番守らなければいけないのは、提供する料理が安全かどうかです。自分たちで畑をやらなければ、わからなかったことがたくさんありました。どういう風に野菜ができて、どんな人が育てているのか…。きちんと理解した上で、お客様にお出ししたいんです」。
農薬を使えば、10個中10個採れるような野菜でも、オーガニックにこだわれば、1個収穫できるかどうかも分からない。体に優しいものを追求すればするほど、値段もリスクも上がってしまいます。それでも「健康的で、カジュアルなものを届けたい」と、長野さんは取り組んでいます。
「高いお金を支払えば、高級で上質な料理を食べることはできます。ただ、それを日常にするのは、なかなかできませんよね。よく『ファストカジュアル』といいますが、オーガニックの料理を気軽に楽しめる選択肢をつくることは、とても大切だと思っています。かといって、私たちも、値段を安くしすぎることは難しい。それでも若い世代の方々に、なるべく健康的な食事を食べていただき、『これって良いね!』と感じてもらえるきっかけをたくさんつくりたいと考えています」。
「ここのエリアは五条楽園と呼ばれ、かつては賑わいのあるエリアでした」。
最後に、長野さんはそう語ってくださいました。
「この地域は、京都駅にも、繁華街の河原町にも近く、立地的にはとても恵まれている場所なんです。これからは、ババガヌーシュ1やキッペ2など、単品メニューも充実させていけたらなと。そして、モーニングやランチだけでなく、ディナーのアイディアもあります。まだオープンしたばかりですが、健康的でカジュアルなレバノン料理の楽しさと、五条楽園の魅力を、ここから広げていきたいですね」。
1 バノンやパレスチナなど地中海沿岸でよく食べられる焼きナスと練りごまのディップ。
2 ひき割り小麦とひき肉のスナック。
春には桜やツツジ、秋にはイチョウと、色とりどりの変化を見せる高瀬川のほとり。
立ち上る水蒸気のように混ざり、変化しながら、『汽[ki:]』の挑戦は続きます。
■お店情報
汽[ki:]
住所:京都府京都市下京区木屋町通五条下ル都市町149
営業時間:[モーニング]8:00〜10:00(9:45L.O./20食限定)、[ランチ]11:00〜15:00(14:45L.O.)
定休日:水曜日
※最新の営業情報は、お店のHP・SNSなどでご確認ください。
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