航一の話を聞いた判事補・入倉始(岡部ひろき)がうわっと泣き始める。この人はいつでも髪に櫛を入れる。航一のボサボサなマッシュと対比されながら、このときも咄嗟に櫛を出してお手本のような七三分けを整えていた。ちょっとした伏線回収になっているのが見逃せない。
◆現代的なヘアースタイルから生まれた繊細な雪景色
鼻をすする航一が「外で頭を冷やしてきます」と言って店外に飛び出す。店の前の小道にひとり佇み、しんしんと降る雪をただ一身に受ける後ろ姿が、ローアングルの引きの画面で捉えられる。
日本屈指の美麗俳優にして豊かな中音域の美声を誇る岡田将生が、この静謐な雪景色に存在する瞬間をぼくたちは心待ちにしていた気がする。それだけ美しいワンショットである。
店内から寅子がやってくる。途端に雪がやむ。カットが替わったことで時間が経過したからだろうか。ちょっと不思議な時間経過ではあるが、二人が発する音以外は雪が全て吸収する静けさの中で、寅子が言う。
「馬鹿の一つ覚えですが、寄り添って一緒にもがきたい。少しでも楽になるなら」
聞き終わる寸前で航一が泣き崩れる。ここで彼の頭上に注目すると、降り積もった雪が確認できる。航一のヘアースタイルが、もしGIカットや慎太郎刈りのように短髪であったり、毛先がストレートな七三分けだったなら、きっとすぐに溶けてしまっていただろう。そうではなく毛先がボサボサのシュートマッシュヘアー風だから雪をソフトに受けとめ、雪の一粒一粒が結晶化する。
もっというと、寅子がきて雪がやんだ不思議な現象は、この美しい結晶を強調するためだと筆者は思っている。寅子が航一の側に寄る。カットが替わる。再び航一の横顔が写り、くっと顔を上げる。カメラは彼の微動に合わせてフォロー。頭上の雪がちらっと写る。あえて時代考証しないことで到達した繊細な雪景色が、岡田将生の現代的なヘアースタイルから生み出されたのだ。